日本人の多くは無宗教(無神論者)です。
いや正確に言うと、日本人の多くはキリスト教やイスラム教といった特定の一神教を信じず、なんとなく多神教や汎神論に沿って生きているという感じです。
日本人にとってはキリスト教もイスラム教も八百万の神の一つなのです。
毎年12月になるとクリスマスを楽しんだと思ったら(=キリスト教)大晦日に除夜の鐘を聞いて(=仏教)元旦に神社仏閣に初詣に行くのは多神教の典型(=神道と仏教)。
日本人は生活や季節に溶け込んでいるタイプの宗教行為は受け入れる傾向にあります。
それから日本人は「お天道さま」「お星さま」「お月さま」という敬称を使うように自然の中に神性を見出して敬う精神ももっています。
あるいは山については山の神によるご加護とたたり(天罰)を恐れるなど日本の神は善悪の二面性をもっています。
このページでは日本人が一神教について無宗教である理由について解説していきます。
日本人はなぜ無宗教なのか【7つの理由】
日本人が一神教について無宗教である理由は以下のとおり。
- 日本人にとってはキリスト教もイスラム教も八百万の神の一つ(冒頭で紹介)
- 自然環境について諸行無常、生々流転の感覚をもっている
- 一神教系の宗教が起こした事件に疑念をもっている
- 儒教の影響
- 宗教教育があまり行われていない
- 身近な祖先を信じたがる
- 天皇や神道も「なんとなく」が強い
ここから先は上の箇条書きを紐解いていきます。
諸行無常・生々流転の精神
日本は自然災害がとても多い国です。ここ30年の間だけでも大きな自然災害がいくつも直撃しました。
地学的に見ても日本は環太平洋地域の中でさまざまな大陸プレートが折り重なった地震がとても多いところに位置しています。
江戸時代の江戸地域でも大地震は何度も起きているように、日本は東京圏だけで約70~80年周期で大地震が起きるといわれています。
日本は殺人やテロの発生率が低いのですが、大地震の発生率がかなり高いのです。
で、大きな自然災害(とくに大地震)が発生すると地形はもちろん、人々の心や生活までも変えてしまいます。
今を生きる日本人とて「いつかは東京圏に直下型地震が発生する」と考えているでしょう。
要するに日本人は自然や人々の心・生活が変わるのは当たり前だと考えているため、一神教の神のような永続的かつ絶対的な存在を信じにくいのです。
平家物語の冒頭で「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」とあるのは昔の日本人も同じ感覚だったからでしょう。
他にも松尾芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」という俳句、横山大観の『生々流転』という日本画は日本人の感覚をよく表しています。
一方、一神教の教徒は聖書・聖典がつくられた大昔の感覚を受け継いでいます。
そこで崇められている一神教の神はいつの時代も変わらない絶対的な存在です。一神教の教徒は共同で絶対的な存在を信じることで救われると考えています。
中東や欧米は日本ほど大きな地震は頻発せず自然環境が変わりにくいのは、彼らの宗教観と合っているといえます。
一神教の極端な動きを警戒しやすい
それから一神教の教徒というのは、唯一絶対の神を信じるだけあって異民族を滅ぼすような歴史を示してきました。
これは簡単に言うと「オレの信じている神こそ唯一絶対の存在だ。したがって他の形で神を信じている奴らは敵だから滅ぼそう」という考え方。
このような考え方がとくに高まったのが、中世~近世の宗教戦争と魔女狩りです。そこでは同じキリスト教内でさえも宗派が分裂して争いまみれの世の中になりました。
黒人を大量に奴隷化してアフリカ大陸やアメリカ大陸を侵略していたのもキリスト教国家ばかりです。日本に対する原爆投下も異民族に対する厳しさが思想背景としてあるのかもしれません。
現代ではキリスト教内の争いは静まりましたが、中東諸国はイスラム教をめぐってたびたび争っています。
現代でイスラム教をめぐる争いは欧米諸国に対するテロとして顕在化したこともあります。
つまり、一神教は敵対勢力に対して極端な動きをとることがあるため、多神教で平和に生きている日本人としては一神教に警戒心をもってしまうのです。
たとえば日本の2次元作品だと神や悪魔でさえも擬人化キャラに仕立てています。日本人はよくも悪くも神や悪魔に親近感をもっています。
しかし、欧米や中東のフィクション作品だと神を擬人化するのはかなり難しいでしょう。
儒教の影響
日本人の一神教への信仰心が低い理由は儒教の影響もあります。
儒教は人としての道徳や習俗を規範とするなど宗教と道徳が一体化した教えであり、キリスト教やイスラム教のような一神教とは違います。
儒教の国である韓国や中国も一神教への信仰心がさほど強くないことを考えると、儒教が移入された日本でも一神教への信仰心が高くないのはうなずけます。
宗教教育があまり行われていない
戦前の日本の公教育では子どもたちに国家神道を強く教え込んでいました。さらに政府は国家神道以外の宗教を弾圧していました。その方が国民の政府に対する忠誠心と軍事力の強さは高まるからです。
江戸時代の日本人は信仰心がそれなりに高かったと思いますが、明治時代に国家神道の振興を優先したことで他の宗教は芽を刈り取られてしまいました。
しかし、大戦後には戦前の教育姿勢を強く反省したため、その後の公教育では宗教に関する内容が大きく減りました。
まあ道徳の授業時間は現代の公立校にも存在しますが、いかにも宗教という感じの授業は宗教系の私立校でない限りほとんど存在しないでしょう。
日本の子どもたちは宗教をあまり知らないまま大人になるわけです。こういう環境だと特定の一神教を信じにくいでしょう。
日本人は身近な存在を信じやすい
日本人の多くは一神教を信じないと言っても、自宅に仏壇や神棚を設置していてお盆になると墓参りに行く人は多いはず。
これは「歴代のご先祖様のおかげで今の自分が存在しているのだから今でも感謝や崇拝に値する」という考え方。
つまり日本人は身近な神である自分の祖先たちを信じるわけです。これは儒教的でもあります。
祖先だけを信じるとしても自分の祖先は歴代では何人もいますから、祖先崇拝は一神教とも多神教ともいえる曖昧な宗教だといえます。
自分の祖先に比べるとキリスト教やイスラム教で崇められている絶対神は「古いし拘束力が強い。もっといろんな神をたがいに認めてもいいのでは」と思う日本人は多いでしょう。
日本は欧米から「far east(極東)」にあると認識されているように地理的にも離れています。日本と中東の間についても約9000kmも離れています。これだけ離れていると一神教は根付きにくいのかも。
まあフィリピンやインドネシアは欧米や中東から離れているにもかかわらず一神教が根付いていますが。
「なんとなく」の感覚は一神教と縁遠い
さて、現代の日本の首都は実質的には東京です。
しかし、日本の首都を正式に東京だと定めた法令は存在しません。現代の日本の首都が東京だというのは「なんとなく」なのです。
日本史を俯瞰すると、奈良、京都、滋賀、大阪、東京など日本の首都っぽい街はいろいろ移り変わってきました。
首都(重要な都市)をめぐる歴史についても日本人の「諸行無常」「生々流転」が現れているといえます。
こういう「諸行無常」「生々流転」の感覚をもった人々は一神教を信じにくいです。
以上はエルサレムがユダヤ教・イスラム教・キリスト教の聖地であり続けていることとは対照的。
エルサレムはこれからも絶対的な聖地であり続けるでしょう。
エルサレムは三大宗教の絶対的な聖地だからこそ宗教的な争いが絶えないのです。
天皇や神道も「なんとなく」が強い
今ではほとんど廃れたり象徴的な機能だけに縮小されましたが、昔は西欧諸国には君主(王様)がいてそこでは強い権力をふるっていました。
その有り様は歴史学上は絶対王政と呼ばれているくらいです。これも一神教徒が極端な動きに走りやすいことの一例といえるでしょう。
しかし、日本の天皇は起源が古いものの、天皇自らが強い権力を行使したことはほとんどありません。周りの人間が天皇の権威を利用したことはあっても天皇自らは権力を行使しにくい存在なのです。
これは日本の首都が曖昧である史実や、日本人の多神教観と合っているといえます。
さらに日本の神道にはキリスト教やイスラム教などと違って絶対的な教典がありません。ムハンマドのような特定の開祖もいませんし、起源もよくわかりません。
日本の神道では道徳を守りながら自然界の一員として生きるべきことがいわれてきました。
神道の教えというのは曖昧であり日本人は曖昧な多神教感覚をもっているため、絶対性を志向する一神教だけを信じたがらないというわけ。
こちらもCHECK
-
やばい宗教の特徴とまともな宗教の違い【キリスト教もやばかった】
続きを見る