今回は戦争の一般的な原因と戦争が大きくなった原因についてわかりやすく示します。
戦争とは人類にとって暴力的な解決を集団VS集団(とくに国VS国)という形で図っている状態のこと。
特定の戦争の原因ばかり追うのではなく、さまざまな戦争に共通した一般性・法則性を探ります。
私は社会科学の商業出版本の著者であり、戦争の原因も専門的に探った経験があるため参考になるはずです。
たとえばフランス革命は「革命」とはいいますが、実質的には一種の内戦であるように戦争という名称がついていなくても戦争に相当する場合もあります。
人間の理性と感情こそが戦争の根本的な原因
戦争の具体的な原因はとても複雑ですが、あえて一括して言うと人間の悪なる理性と感情が原因だといえます。
理性とは物事を理屈っぽく判断する能力のこと。
たとえば、ある原始人が日々の食料獲得にもがき苦しんでいたところ、遠征先で見つけた部族は食料がめぐまれていたとします。
このとき人間は「他の部族がうらやましい」という感情をもつと同時に「我々が急襲すれば食料を奪える」という策略をもつ場合があります。
こういった策略(≒悪知恵)こそ人間の理性が悪い意味で発現したもの。
妬み、怒り、焦り、憎しみ、うぬぼれ、恨みといった負の感情、そして欲望が争いにつながるといえます。
そして集団間の争いに勝つためには武力を整えた方が有利ですから、古来から国家は武力を拡充してきたのです。
野生動物は集団で他の動物を襲うくらいの知恵はありますが、強力な兵器を生み出すほどの知能や器用さはありませんから、人間の方がたちが悪いともいえます。
まあ人間が感情を抑えて争いを控えたり、他の人間や動物を助けることも理性の働きによるものですが。
紀元前の人体の骨・化石を分析すると、他人から暴力がふるわれた形跡が多いです。
これは食料をめぐって起きた争いの形跡でしょう。
具体的な原因
次にもう少し具体的な戦争の原因を10コ述べます。その原因と対応している戦争の例も出します。
ただし戦争の原因はとても複雑であるため、戦争の主因が資源獲得だったとしても他の原因も複数絡んでいることを覚えておいてください。
(1)国境・領土や資源をめぐる戦争
「A国は資源が豊富でうらやましいから、A国に戦争を仕掛けて奪っちゃえ」みたいな考え方にもとづく戦争です。縄張り争い系の戦争もこれに含まれます。
B国とC国が魅力的なA国をめぐって戦争を展開したなんていう事例もありました。
2000年前後ではアフリカのコンゴ戦争が有名です。
コンゴは工業資源がとてもめぐまれた国なのですが、その獲得を争い、さらに部族対立やコンゴ以外の国も加わったために大きな戦争がたびたび起きました。
現代のアフリカで紛争が多い根本的な原因は19世紀後半に西欧列強がアフリカ大陸を分け合ったからです。
それは現地民の民族分布や文化を考慮しない直線的な分け方でした。砂漠地帯とはいえ国境線が直線だらけというのは不自然(人工的)ですからね。
直線的な分け方によって一つの民族がバラバラにされたり、異なる民族が一つの国にされたため、現代でも争いが絶えないのです。
(2)宗教や民族観をめぐる紛争
「あの部族は我々の近くに住みながらも我々の宗教や民族観と相容れないから滅ぼしたい」「我々の宗教上の聖地を奪い返してやる」みたいな考え方にもとづく戦争です。
このタイプは中世ヨーロッパの宗教戦争や現代の中東絡みの紛争が典型的です。
ただ、キリスト教の聖書には「汝(なんじ)、殺すなかれ」と書かれているようにキリスト教徒による殺人・戦争は明らかに矛盾しています。仏教やイスラム教も同じように殺人は宗教的に禁止です。
こんな大きな矛盾が起きる理由としては、
- 聖書を読んでいない
- それは真のキリスト教徒ではない
- 聖書を読んだとしても、それでも感情を優先して殺してしまった
- 周りに流された
- 命令された
- 殺人を正当化するためにキリスト教を利用しているだけのこと
- 多数者を守るためには少数者を殺すしかなかった
などが考えられます。
とくに「聖書を読んだとしても、それでも感情を優先して殺してしまった」とすれば、人間の抑制心は弱いといえます。
そして聖書と矛盾した行動が起きる理由としてもう一つ挙げられるのが原理主義です。
原理主義とは、原理原則を徹底的に守ろうとする主義のこと。一部の宗教家やテロリストは原理主義者です。
しかし、原理主義者は特定の原理原則を守ろうとするばかりで一部の原理原則を守っていなかったりします。
そうなると人として大切な規範である「殺すなかれ」を平気で破ってしまう人もいるわけです。
(3)統治をめぐる戦争
「この地域はいろんな為政者が入り乱れていて統治が安定していないから、ワシが広域の長になるべく戦争を仕掛けたる」みたいな考え方にもとづく戦争です。
古代の中国、中世ヨーロッパ、戦国時代の日本のように有力な大名が各地に複数いたときに起きやすいといえます。
このタイプの戦争の終結後は統治権力が一本化されたために秩序が安定することもあります。
(4)独立をめぐる戦争
「我々が住んでいるK地域は大国に属しているが、大国の支配から独立したい」みたいな考え方にもとづく戦争です。
一方、大国側としても「K地域には独立してもらいたくない」と思っている場合が結構あります。
大国側はなぜ独立を認めないのかといえば、
- 一つ独立を認めると他の地域も連鎖して独立し大国の力が弱まる
- 周辺国に弱体化を見せたくない
- 貴重な天然資源がとれる地域は手放したくない
- 交通の要路を確保したい
大国と、その大国の中で独立したがっている地域を見比べると、前者の方が人口も武力も大きいため、一般に後者は苦戦を強いられるのが普通です。現代でもチベットや台湾は揺れ動いていますし。
(5)政策への反発から生まれた戦争
「あの政策はひどいから、あの政策を課してきた政府にみんなで反発しよう」みたいな考え方にもとづく戦争です。
これにあてはまる例としては、本国イギリスから不当に課税された植民地が反発して起こしたアメリカ独立戦争が有名です。
中世の日本の一揆もこの類に含まれるでしょう。
(6)自衛のための戦争
「国を守るためには戦うしかない」みたいな考え方にもとづく戦争です。
とくに戦争を仕掛けられた側が応戦するときは「自衛戦争」という概念を使いやすいです。
日本の右翼は太平洋戦争が自衛戦争だと論じますが、真珠湾を先制攻撃されたアメリカの立場から見ると、アメリカの立場こそ自衛戦争がふさわしいともいえます。
ただ、真珠湾攻撃以前の段階でも日米の間にはいざこざがあったので自衛戦争の概念は複雑です。
(7)自暴自棄の戦争
「我が国は経済情勢が厳しいから、なんだか自暴自棄になってしまい周辺国に戦争を仕掛けたくなってきた」みたいな考え方にもとづく戦争です。自爆感・自滅感が漂っています。
これを遠因として戦争を起こしたのがかつてのドイツ。
というのも第一次世界大戦の敗戦国ドイツは巨額の賠償金を課され、その後、世界恐慌のダメージを受けました。
そのあたりから悪名高いヒトラーが台頭し、ドイツは劇的な復興を遂げました。
しかし、いろいろな思惑があってドイツはふたたび対外的な攻撃態勢を強めました。
第ニ次世界大戦の末期、ヒトラーが自殺した展開は自暴自棄の末路だといえます。
世界中を巻き込んだ罪はあまりにも大きいですが、自殺したら裁判で裁かれませんし、監獄で罪の重さを実感できませんからね。
(8)代理や支援としての戦争
「味方同盟国には勝ってほしいし、敵同盟国は嫌いだから参戦する」みたいな考え方にもとづく戦争です。
冷戦下の朝鮮戦争やベトナム戦争があてはまります。
ちなみにアメリカは朝鮮戦争やベトナム戦争に参加していますが、アメリカの国土は南北戦争以降は戦場になっていません。
20世紀~のアメリカは金持ちおよび金持ちの資産がたくさんありますから、金持ちが国土を戦場にしたがらないのかもしれません。
それは永世中立の金融立国であるスイスについてもいえます。
(9)過去の恨みをめぐる紛争
「あの国は過去に我が国にひどいことをしたから、それ以上の報復もやむを得ない」みたいな考え方にもとづく戦争です。
いわゆる「目には目を歯には歯を」の精神です。これはあらゆる戦争に結びつけることができる原因でしょう。
戦争を直接的に経験していない世代でさえも昔の戦争によって生じた恨みを未だに訴えることは珍しくありません。
(10)正義の戦争
「我々は正しいから悪の国に攻撃する資格がある」みたいな考え方にもとづく戦争です。
こういった思い上がり?としての正義はいろんな戦争に結びつけることができる原因です。
「どっちも、自分が正しいと思ってるよ。戦争なんてそんなもんだよ。」
引用文献:小学館てんとう虫コミックス『ドラえもん 1巻』8話:ご先祖さまがんばれ
上の引用にもあるように戦争の当事者は大抵「自分が正しい」と思い込んでいます。
こういうのは多くが思い上がりであり、そういった「自分が正しい」と強く思い込んだときに起こす暴力はかなり過激です。
ちなみに現代の日本では日本共産党がよく「正義」という言葉を使っています。
共産党は「正義」と同時に「平和」も標榜していますが、その反面、デモ行進では自民党幹部の人形をボコボコに壊しています。
平和主義者が、人形とはいえ政治家をボコボコにする有様はかなり矛盾しています。
まるで自分たちと意見が違う人には「正義」の名のもとに暴力を振るっても許されると考えているかのようです。
正義を強く主張すると、それと少しでも違う正義は邪悪に映るように強すぎる正義の主張は正義の多様性を奪います。
たまに共産党絡みで内ゲバにおよんでいる人がいますが、それは正義の概念が他人と少し違うことにさえも腹を立てるからです。
彼らは「強すぎる正義」の危うさをわかっているのでしょうか。
歴代の共産主義各国は最初は美辞麗句のもとに強引に革命を起こしてできあがりましたが、やがて権力は腐って国民の大虐殺におよびましたからね。
『名探偵コナン』の佐藤刑事も言っていたように「正義」なんてのはやたらと振りかざす言葉じゃありません。
戦争への意識を駆り立てる要素(戦争の遠因)
次に戦争の直接的な主因にはなりにくいですが、戦争の種を大きくして原因について紹介します。
こういうのは戦争の遠因や長期化・総力戦の原因になりやすいです。
- 新聞やラジオといったマスコミによる煽動
戦前の日本の場合「鬼畜英米」などと戦争を煽ったマスコミがいた
- スパイの暗躍
陰で重要人物を殺すなどして両国間の対立を煽る輩がいた
- 為政者の演説
「立ち上がれ〇〇国民よ」という感じで直接的に国民を煽る人物がいた
- デマや噂
「我が国では〇〇人が暗躍しているから〇〇人を根絶やしにしないと危ない」というデマが闘争心や敵愾心を駆り立てた
- 天災や食糧不足、経済恐慌
人間は天災や食糧不足、経済恐慌などに追い詰められると冷静な行動がとれない
ここで注目すべきは5番目の「天災や食糧不足、経済恐慌」です。
フランス革命(実質的には大規模内戦)の過程では食料不足があったように、人間は食料不足に陥ると暴力的になることがあります。
そこではよからぬデマも流れやすいですからね。
太平洋戦争における日本兵の死因は餓死や同士討ち(食料の奪い合い、あるいは食人)が多かったように、食料不足はかなり怖いです。
戦争が大きくなった原因
最後は、現代に至るまでに戦争が大きくなった過程についてざっくり紹介します。
そもそも紀元前の狩猟採集社会でも争いは多数ありましたが、国(組織化された兵)VS国(組織化された兵)みたいなのはありませんでした。
しかし、農耕が発達すると貧富の差や統治権力が生まれ、戦争は国VS国の色彩を強めました。
農耕の発達⇒農作物や富の蓄積⇒貧富の発生⇒他の集団から富を守るために統治権力設立⇒統治権力が兵を組織
そして近代における火器の登場・発達は戦争を決定的に大きくしました。
というのも、火器の登場以前の武器である剣・槍や弓は至近距離の戦いであり、騎馬術とともに訓練された専門職としての兵士が必要でした。
しかし、銃やミサイルは引き金を引けば強力な殺傷力がだれにでも簡単に実現できてしまうのです。
そうなると大衆も十分な兵力になりますから、政府は義務教育によって大衆を教化し始めました。
教化された大衆は軍需の生産工場の工員や、ビジネスマンとして利益を生み出す存在としても重要な存在です。
火器の生産・購入は技術と大金が必要であるため、19世紀後半~20世紀前半にかけては利益を効率的に生み出すのに適した大規模な企業が先進国で生まれました。
それは日本では「財閥」と呼ばれる名門企業群です。戦後には部分的に解体されましたが。
まとめ:戦争はなくせるか
今回の記事を読んだらあらためて「戦争はなくなった方がいい」と考えた方が多いでしょう。筆者もそう思います。
しかし、平和は武力を全面的に放棄することによって実現するものではありません。
警察を廃止にしても犯罪はなくならない、いやむしろ犯罪は増えるように、軍隊を廃止したら戦争がなくなるというものでもありません。
このあたりはジレンマなのですが、どうも日本人の中には軍隊を廃止すれば戦争もなくなると考えている人がいるように思えてなりません。
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