このページでは自然科学と人文科学と社会科学の違い・種類について、社会科学の商業出版本の著者である私がわかりやすく解説します。
こういった学問はどれも欧米が発祥の地です。
今回の記事を参考にすると「科学とは何か」が大まかにわかり、さらに大学の学部選びにも役立つはずです。
わかりやすく解説しますので見ていきましょう。
この記事の内容は大まかな分類や意味です。細部にはツッコミどころや批判もありますが、最初は大枠をつかみましょう。
自然科学と人文科学と社会科学の違い・種類
まずは自然科学の分野と意味について大まかに確認します。
科学という大枠の中に、
- 自然科学≒理系
- 社会科学≒文系
- 人文科学≒文系
という分類があるのです。
自然科学の意味
自然科学の代表的な分野
- 物理学
- 工学
- 化学
- 生物学
- 農学
- 医学
- 地学
自然科学とは自然がつくり出したモノについて観測や実験といった形で研究する分野を意味します。
自然がつくり出したモノとは「人間がつくり出してはいないモノ(人間がつくり出せないモノ)」と言い換えることもできます。
人間がつくり出していないモノとは、物体運動、生命体、植物、化学物質、水、土、地球、宇宙、気象など。
たとえばプラスチックは人間が人工的につくり出した化学物質ですが、その原料である原油は人間がつくり出したモノではありません。
そういった現象やモノは人間が絶滅したとしても存在し続けます。
自然科学は人間が存在しないとしても通用する現象や法則をもとめるのです。
自然は人工的につくり出せるのか
ちなみに電気や放射線は自然界に存在するとともに人間が人工的につくり出すこともできます。
具体的にはコイルの中で磁石を回すと電気ができますが、これは人間が自然界の物理法則を利用したところに生まれるのであって人間がゼロ(無)からつくり出しているとはいえません。
そう考えると工学的な機械は人間にとって物理法則を使いやすいように応用した具現物ともいえます。
それはたとえばパワーショベルは「てこの原理」「鉄鉱石」「原油」といった自然を強力な形に変換して人間が利用するモノだということ。
科学の基礎と応用
また医学や生物学の対象である生命および生体は、人間がゼロ(無)からつくり出して生命を吹き込めるモノではないので自然の範囲に入ります。
あくまで自然界の摂理(法則)を探究・利用するのが自然科学の基本です。
既存の植物や動物について人間が人工的に交配を繰り返して新種をつくることはその典型。
このあたりの自然と人工の違いは哲学的に探究しても面白そうな感じもします。
なお、たとえば単に人体の仕組みを研究するだけなら学問としてありふれていますが、クローン人間のように人間が人間をつくり出す研究となると危険視されます。
車のパーツ取りのように臓器を都合よく提供するだけの人間が生み出されるなどクローン人間の人権は危ういからです。
自然についてありのままの仕組みや性質を探るような研究と、何か新しいモノを生み出す研究とでは重みが違うといえます。
ちなみに分類が難しいのは数学や情報学で、これは自然科学というより形式科学に入ります。
形式科学とは人間がつくった普遍的な記号や論理に沿って理論を展開する分野のこと。
人間がつくったという点は人文的ですが、普遍的に通用する理論という点は自然科学に近いといえます。
人文科学の意味
次は人文科学について。
人文科学の代表的な分野
- 哲学
- 文学
- 言語学
- 文化学
- 芸術学
- 歴史学
- 心理学
- 宗教学
- 図書館学
- 人文地理学
人文科学とは人間の内面(言語、思想、感覚)がつくり出したモノを研究する分野を意味します。
たとえば人間には美しいと感じる表現があって、それをもとに芸術作品をつくり、それを後世の人が評価することは芸術学(音楽学や美術)の典型。
人間の内面がつくり出したモノとは小説や美術品のような有形のモノだけでなく言語や哲学など無形のモノも含みます。
人間の内面は曖昧であり、かなりの想像力と創造力がありますから、人文科学の産物はフィクションっぽい部分が結構あります。
哲学とは人間や自然などについて根本的なところを理屈っぽく考えること。
宗教学の研究対象である神は、人間の思考がつくり出した産物だとすれば宗教学は人文科学の範囲に入ります。
自然科学の産物は人間が再現性のある自然法則を利用した産物という感じですが、人文科学の産物は人間がゼロに近いところからつくり出したという感じがします。
社会科学の意味
次は社会科学について。
社会科学の代表的な分野
- 法学
- 政治学
- 行政学
- 経済学
- 経営学(商学)
- 社会学
社会科学とは、人間と人間の関係から生み出されたモノを研究する分野を意味します。
- 法学
人と人の強制的なルール(=法)の研究
- 政治学
人と人の権力関係の研究
- 経済学
人と人によるモノの生産や交換などの研究
たとえば人と人の間には強制的なルールがないと人間関係は上手くいかないため、社会には法が存在します。
ということは、もし世界に人間が一人しか人間が存在しなかったら法が存在する意味などないのです。
あるいは原始人と原始人が出会うと「オレの食料とあなたの毛皮を交換しないか」という発想が出てきます。
これが経済学にいう物々交換。お金を利用した売買は物々交換の発展型です。
お金は他人と売買する際に使う記号みたいなモノですから、もし世界に人間が一人しかいなかったらお金に存在価値はありません。


社会科学は人間の行動に法則性を見出す
たとえばコーラが好きな人にとっては1杯目より2杯目、2杯目より3杯目のほうが効用(満足度)は低いです。
つまり、人間が消費するモノは最初の1単位目が最も効用が高くて次第に効用は減っていくのです。これを経済学では限界効用逓減の法則といいます。
限界効用逓減の法則は普遍的に通用しますし、飲食物以外の分野でもあてはまる場合があります。
人間は単体(1人の人間)としては法則性がつかみにくいですが、諸国の多数の人間にも同じ現象が確認できれば法則として確立するなど人間性の探究は科学っぽくなるのです。
これが社会科学の典型。

社会科学における「みんな(人間)」と「普遍性」
- 市場価格
みんなの需給(買いたい、売りたい)の均衡であり、諸国で通用する原理。ちなみに公定価格は政府が一方的に決める価格。
- 国民国家
言語や文化について一定の同質性を基礎とし、国民の意志でもって形成された国家。
- 政党
人間が同じような政治的目的を達成するために結成された私的な集団。
- 人権
近現代では「奴隷や拷問は非人道的」といわれるように人の権利として大事にしなければならない要素には普遍性がある(みんなにとって重要だから諸国に広まった)。
- 民主主義
いろんな国を見ていると、独裁政治よりはみんなで決める民主主義のほうがまだマシか。
- 鴨川等間隔の法則
京都鴨川のほとりに座るカップルは等間隔だが、こんな法則が通用するのは周りの空気を読みたがる日本人だけ?
自然科学と社会科学の違い:真実に対する意識
社会科学と自然科学の間で決定的に違うのは真実・真理の解明に対する姿勢です。
そもそも自然科学は自然について真理を解明することを究極目標とします。宇宙の起源の解明なんていうのは宇宙専門家でなくても興味があります。
しかし、社会科学においては真実の解明をめざすとは限らず、それよりもバランスのよさをめざしたりします。
その典型は世界各国の政府が父子間のDNA鑑定を義務付けないことです。
そもそも父親は、配偶者である母親が浮気してつくった子どもを自分の子どもとしては育てたくないはずです。
しかし、政府がそれを助けるべく父子間のDNA鑑定を義務付けてしまうと、放っておけば平穏だったはずの親子の仲を切り裂き、それは大きなトラブルへとしてしまいます。
そのため政府が父子間のDNA鑑定を義務付けるのは無理があるのです。
このように社会に真実をもとめず、各人の利害バランスを調整する考え方(社会に対する基本的な考え方)は日本だけでなく世界中で通用します。

参考:学問の究極目標
- 自然科学
真理の解明、人間や自然環境にとってプラスになるモノの発明(寿命向上、環境負荷低減、人間が楽になる機械の発明など)
- 社会科学
真実の解明、各人の利害バランスの調整、より多くの人の幸福につながる体制の構築
- 人文科学
真実の解明、先人たちの知恵や作品を現代に役立てる
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中間地点としてのまとめ
ここまでの各分野の定義を簡単にまとめてみます。
- 自然科学(理系)
自然がつくり出したモノを研究する分野
- 人文科学(文系)
人間の内面がつくり出したモノを研究する分野
- 社会科学(文系)
人間と人間の関係から生み出されたモノを研究する分野
ポイントは、各分野は人間の存在をどのように捉えているかです。
そこで各分野と人間の関係を示すと以下のようになります。
- 自然科学(理系)
人間が存在しないとしても通用する現象や法則をもとめる
- 人文科学(文系)
人間が一人しか存在しなくても一応研究する価値はある
- 社会科学(文系)
社会科学の所産や事象は人間が複数いないと生じない※
しかし、自然科学と人文科学は世界に人間が1人しかいなくても研究する価値は一応あります。
それは一人で生きていく中で今後の天気を研究するとか、自分一人が信じている神を研究するといった具合。
しかし、社会科学は人間が複数いないと研究する意味がありません。それは世界に人間が一人しかいないと、研究するだけの社会科学的な所産や事象が発生しないともいえます。
こういった想定は極端ですが、学問は極端な想定をすると本質が見えてくることがよくあります。
再現性および法則性が違う理由
ちなみに再現性および法則性の強さは「自然科学>>社会科学>人文科学」という順番です。
自然科学の物質は同じ物質で劣化していないのなら100年前のモノでも現代のモノでも性質は変わりません。すなわち自然科学の法則・実験は普遍性が強く再現しやすいのです。
しかし、人間の思考様式は現代人と古人、日本人とアメリカ人とでは違ったりしますよね。
中には似ているパターンもあったり、いつの時代でも変わらない本質もありますが、それでも自然科学で扱う物質よりは安定感が低いです。
そのため人間関係を扱う社会科学、そして人間の内面を扱う人文科学では再現性および法則性が自然科学よりは弱いというわけ。
実際、経済政策や頭のいい人たちが考え抜いたものや海外で成功したものであっても失敗することはザラにあります。
地理学には人文分野と自然分野がある
ここから先は補足的な情報について述べます。
まず地理学には自然地理学と人文地理学という二大系統があります。
自然地理学は地形や気象といった自然を研究します。
これに対しては人文地理学は人口や交通といった人工的な面を研究します。
これは結構わかりやすい違いです。
理系も文系を、文系も理系を学ぼう
それから、たとえば原子力および原子力発電を研究する分野としては物理学や工学の領域があてはまります。
しかし、原子力発電は経済コストも考えなければならない以上、原子力を研究している人が経済学を学ぶことには大きな意義があります。
理系も文系を、文系も理系を学んだ方がいいパターンは他にもたくさんありますので専門外の領域についても教養レベルで学んでみてはいかがでしょうか。
大学での各学問は根本を探究する
自然科学は自然の根本を、人文科学は人文の根本を、社会科学は社会の根本を探究します。
とくに哲学は人文だけでなく自然科学や社会科学にもおよぶ根本を突き詰める学問です。
学問を使って何かを創造したいのなら、まずは教科書に載っているような原理や先人たちの成果を学ぶべき。これは大学入学前や、大学1~2年生でやることです。
筆者の場合はなんとなく社会の根本に興味があったために社会の根本を広く学べそうな学部へ進学しましたが、これは人によって違うものです。
もしどの学問を選ぶべきか迷っている人がいたら「どの分野の根本に興味があるか」を考えてみるといいですよ。
歴史学の範囲
最後は歴史学の特殊性について。
一般に歴史学は人文科学の一つに位置づけられやすいです。
しかし、歴史は人と人の関係からでき上がっているため社会科学の一つといえなくもありません。
実際、法学や経済学を細分化すると法制史学や経済史学という分野もあります。
一般に歴史学や考古学は人類が現れた時代以降の人類の痕跡を研究の対象とします。
それ以前の時代(人類がいない時代)の研究は地学や古生物学が主役という感じです。
前者は人文科学・社会科学系で、後者は自然科学系です。
まとめ
今回の自然科学と人文科学と社会科学の分類は「それなりに妥当」という見解であって絶対的な正解ではありません。
数学、地理学、歴史学などは分類が難しいですし、他にも細かいツッコミどころはあります。
何か気になることがあったら、あなた自身でも開拓してみてください。
ちなみにアメリカの大学は学部4年間が教養的で、大学院が専門的な傾向があります。ロースクールやメディカルスクールはその典型。
日本でも教養学部や総合政策学部といった学部に進学すると学部4年間を教養的な内容で埋め尽くすこともできますよ。
筆者は総合政策学部の出身ですから。
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