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社会・教育

自然科学と人文科学と社会科学の違いを簡単に解説

2020年11月10日

このページでは自然科学と人文科学と社会科学の違い・種類について『高校生からわかる社会科学の基礎知識』の著者である私がわかりやすく解説します。

Amazon:高校生からわかる社会科学の基礎知識

こういった学問はどれも欧米が発祥の地です。

今回の記事を参考にすると「科学とは何か」が大まかにわかり、さらに大学の学部選びにも役立つはずです。

わかりやすく解説しますので見ていきましょう。

この記事の内容は大まかな分類や意味です。細部にはツッコミどころや批判もありますが(というか完璧な学問分類は存在しない)、最初は大枠をつかみましょう。

科学や文系・理系を分けることにはいろいろな批判があるな。
たとえば経済学は文系に見られがちだが数学を多用するからね。

自然科学と人文科学と社会科学の違い・種類

まずは自然科学の分野と意味について大まかに確認します。

科学という大枠の中に、

  • 自然科学≒理系物質や運動など人間が直接的につくり出してはいないモノを研究する人間が存在しないとしても通用する法則がある
  • 社会科学≒文系法律や国家など人間と人間の関係から生み出されたモノを研究する複数の人間がいるからこそ法律や国家が生まれる
  • 人文科学≒文系言語、思想、芸術感覚など人間の内面がつくり出したモノを研究する人間が1人しか存在しないとしても言語、思想、芸術感覚は発生する

という分類があるのです。

社会科学と社会学を混同している人がいますが、一般に社会学は社会科学の中の一分野として位置づけられています。

分類が難しいのは数学や情報学で、これは自然科学というより形式科学に入ります。

形式科学とは人間がつくった普遍的な記号や論理に沿って理論を展開する分野のこと。

形式科学は普遍的に通用する理論であり、とくに数学は自然科学系の学問に合わせてよく使いやすいという点では自然科学に近いといえます。

基本的に科学は再現性と普遍性と客観性が重要。
自然科学と形式科学は再現性と普遍性と客観性の度合いが強すぎるなぁ。

学問のさまざまなアプローチ

たとえば日本人とタイ人の美容を比較する際に食事、運動、睡眠、遺伝、気候、医療などから考えるのが自然科学的なアプローチ。

国策、労働パターン、美容にかける費用、社会規範、人的ストレスから考えるのが社会科学なアプローチ。

思想・宗教、文化、芸術から考えるのが人文科学。

肌についてより密接な関係にあるのは自然科学ですが、社会科学的な要素や人文科学的な要素も多少は影響しています。

たとえば、その文化圏でシンボル的な彫像が人々の美意識に影響を与えているパターンがあります。

自然科学の意味

自然科学の代表的な分野

  • 物理学
  • 化学
  • 生物学
  • 地学

自然科学の中でも実用を重視(応用科学とも呼ばれる)

  • 医学
  • 農学
  • 工学

自然科学とは自然界の法則・ルールや自然がつくり出したモノについて観測や実験といった形で研究する分野を意味します。

自然がつくり出したモノとは「人間がつくり出してはいないモノ(人間がつくり出せないモノ)」と言い換えることもできます。

人間がつくり出していないモノとは、物体運動、生命体、植物、化学物質、熱、水、土、地球、宇宙、気象など。

たとえばプラスチックは人間が人工的につくり出した化学物質ですが、その原料である原油は人間がつくり出したモノではありません。

そういった現象やモノは人間が絶滅したとしても存在し続けます。

自然科学は人間が存在しないとしても通用する現象や法則をもとめるのです。

自然は人工的につくり出せるのか

ちなみに電気や放射線は自然界にも存在するとともに、人間が強度の電気や放射線を人工的につくり出すこともできます。

具体的にはコイルの中で磁石を回すと電気ができますが、これは人間が自然界の物理法則を利用したところに生まれるのであって人間がゼロ(無)からつくり出しているとはいえません。

そう考えると工学的な機械は人間にとって物理法則を使いやすいように応用した具現物ともいえます。

それはたとえばパワーショベルは「てこの原理」「鉄鉱石」「原油」といった自然を強力な形に変換して人間が利用するモノだということ。

科学の基礎と応用

また医学や生物学の対象である生命および生体は、人間がゼロ(無)からつくり出して生命を吹き込めるモノではないので自然の範囲に入ります。

あくまで自然界の摂理(法則)を探究・利用するのが自然科学の基本です。

既存の植物や動物について人間が人工的に交配を繰り返して新種をつくることはその典型。

このあたりの自然と人工の違いは哲学的に探究しても面白そうな感じもします。

哲学はあらゆる学問の土台になっているところがある。

なお、たとえば単に人体の仕組みを研究するだけなら学問としてありふれていますが、クローン人間のように人間が人間をつくり出す研究となると危険視されます。

車のパーツ取りのように臓器を都合よく提供するだけの人間が生み出されるなどクローン人間の人権は危ういからです。

自然についてありのままの仕組みや性質を探るような研究と、何か新しいモノを生み出す研究とでは重みが違うといえます。

人文科学の意味

次は人文科学について。

人文科学の代表的な分野

  • 哲学
  • 文学
  • 言語学
  • 文化学
  • 芸術学
  • 歴史学
  • 心理学
  • 宗教学
  • 図書館学
  • 人文地理学

人文科学とは人間の内面(言語、思想、芸術感覚)がつくり出したモノを研究する分野を意味します。

たとえば人間には「美しい」と感じる表現があって、それをもとに作品をつくり、それを後世の人々が評価することは文学や芸術学の典型。

人間の内面がつくり出したモノとは小説や美術品のような有形のモノだけでなく口頭伝承や哲学など無形のモノも含みます。

哲学とは真理、理性、認識、存在、時間などについて根本的なところを追究すること。

どこからどこまでがフィクション?

人間の内面は曖昧であり、かなりの想像力と創造力がありますから、人文科学の産物はフィクションっぽい部分が結構あります。

宗教学の研究対象である神は、もしかしたら人間の思考がつくり出した産物なのかもしれません。

神は人間以外の生き物には知覚が不可能?
某民族は〇〇神を知覚できるためか選民意識が強いね。

自然科学の産物は人間が再現性のある自然法則を利用した産物という感じですが、人文科学の産物は人間がゼロに近いところからつくり出したという感じがします。

※一般に音楽学といえば人文科学の領域ですが、音響学といって音の物理的性質、環境や生物に対する音の影響を研究する学問だと自然科学系の領域になります。

※時間論は、数学のような人間が決めた記号だという点では形式科学、人間の理性や感覚に依拠するという点では哲学、量に関する分野という点では物理学に属します。

社会科学の意味

次は社会科学について。社会科学は人文科学と比べると本質が見えてきますよ。

社会科学の代表的な分野

  • 法学
  • 政治学
  • 行政学(政治学系)
  • 経済学
  • 経営学(商学)
  • 社会学

社会科学とは、人間と人間の関係から生み出されたモノを研究する分野を意味します。

社会とは人間と人間の関係から生み出された領域のこと。
  • 法学人と人の強制的なルール(=法)の研究
  • 政治学人と人の権力関係の研究
  • 経済学人と人によるモノの生産や交換などの研究

人と人の間には強制的なルールがないと人間関係や秩序は上手くいかないため、社会には法が存在します。

ということは、もし世界に人間が一人しか人間が存在しなかったら法が存在する意味などないのです。

法学基礎:大陸合理論とイギリス経験論

たとえば、人間と人間が対立すると裁判に発展することがあります。

裁判にて重要な判決が下されると、以降の同じような裁判では同じような判決が下されやすいです。

同じような罪をやらかしたのに人によって刑罰が大きく違うと不公平だからです(少しの違いはある)。人間は他人との関係で不公平だと不満を主張しやすい生き物ともいえます。

人間は不公平を正せるだけの知能をもった生き物ともいえる。

このように次の裁判を多少なり拘束するような先例的な判決を「判例」といいます。判例の中でもとくに拘束力の強いものは「判例法」と呼ばれます。

判例法は経験の積み重ねであるため、形成されるのは遅いという特徴があります。

伝統的に英米は判例法が強めの地域として知られています。もともとイギリスには経験を重視する哲学があり、それは新大陸アメリカにも伝わったからです。

これに対して、議員が法案をつくって議会で可決すれば新たな法律を割と早くつくることができます。このような法を「制定法」といいます。

制定法の策定過程では官僚や学者など頭のいいエリートが理屈っぽくつくる場合が多いです。

ヨーロッパの大陸側(フランス、ドイツ、イタリア、ギリシャ)では大陸合理論といって理屈っぽい哲学と法学者が強かったため、制定法の流れが強め。

ちなみに日本は欧米に追いつくべく、幕末~明治時代にかけて欧米の学者を招いて急速な近代化を図ったため英米型と大陸型の両方を取り入れましたが、どちらかというと大陸型が強いです。

急速な発展には経験型の法より理論型の法のほうが適しているからです。

大陸合理論とイギリス経験論は哲学の二大潮流となっています。

昔の西欧では動物裁判なんてのがあったけど、現代ではありえないな。
先進国には動物愛護法なんてのもあるけど、これは人間を規制するように法は基本的に人間への規範だからね。

法には実効性をもたせる仕組みも必要

法は条文さえ美しく整えればいいわけではなく、人間に法を守らせるだけの実効性も必要。

具体的には、軍隊、警察、裁判、刑罰などは人間に法を守らせるための公的な仕組みです。

もし軍隊や警察がなかったら、その国を武力で強制的にひっくり返そうとする勢力が内外に出現しますからね。

武力で国がひっくり返されたら、それまでの政権で築かれた法は効力を失うなど無秩序状態になりますから、各国の法では外国と共謀して国をひっくり返すことは(=外患誘致)法的には最大級の悪事と見なされています。

「軍隊=侵略装置」としか見ていない人もいますが、そういう見方は偏っています(ある一面では正しいが…)。

北朝鮮みたいな酷い独裁国では革命こそ逆に正義に見えるが、法理論としては外患誘致は最大級の悪事だな。
日本の自衛隊は実質的には軍隊っぽいが、大災害時にも派遣される。

よくないことかもしれませんが、無視や村八分なんてのも、ある集団・地域で人間にルールを守らせるための非公式な方法です。

経済学基礎:人間の欲望をもとに広がる

次は経済学の初歩について。

たとえば原始人と原始人が出会うと「オレの食料とあなたの毛皮を交換しないか」という発想が出てきます。

これが経済学にいう物々交換。お金を利用した売買は物々交換の発展型です。

いつの時代も人間には欲望がありますから、お金を稼ぐためにモノを生産したり、自分の効用(満足度)や環境を改善するために他人とモノを交換します。

お金は他人と売買する際に使う記号みたいなモノですから、もし世界に人間が一人しかいなかったらお金に存在価値はありません。

人間が一人しかいない世界では1万円札よりもリンゴ1個の方がよっぽど価値がある。
人間が一人しかいなかったら国や法律をつくる意味もないな。
漫画『北斗の拳』ではそういう無秩序が描かれていたね。

経済学は人間の行動に法則性を見出す

たとえばコーラが好きな人にとっては1杯目より2杯目、2杯目より3杯目のほうが効用(満足度)は低いです。

つまり、人間が消費するモノは最初の1単位目が最も効用が高くて次第に効用は減っていくのです。これを経済学では「限界効用逓減の法則(げんかいこうようていげんのほうそく)」といいます。

限界効用逓減の法則は普遍的に通用しますし、飲食物以外の分野でもあてはまる場合があります。

人間は単体(1人の人間)としては法則性がつかみにくいですが、諸国の多数の人間にも同じ現象が確認できれば法則として確立するなど人間性の探究は科学っぽくなるのです。

これが社会科学の典型。

医療の対象である人間も体質や精神に個人差があるけど医学は多くの人間におおむね通じる。これは経済学の限界効用逓減の法則とどこか似ている。

政治学基礎:自然と社会とでは強さの基準が違う

『HUNTER×HUNTER』という有名な漫画には次のようなセリフがあります。

「人間の世界ではよく見られる現象ですね 知も才もない無能者が血のつながりやコネクションのみで不相応の地位に就くこと」

引用:冨樫義博『HUNTER×HUNTER』23巻、集英社 2006

このセリフは獣と殺人アリと人間の遺伝子を受け継いだ凶悪な合成生物が、ある貧しい国の無能な独裁者(醜い人間)に対して言い放ったものです。

基本的に自然動物は弱肉強食・適者生存の世界ですから、凶悪な合成生物から見て、人間の世界(=社会)では無能な人間が一国の独裁者になって威張っていることは理不尽に見えました。

しかし、人間は社会的な動物ですからコネやカネも出世に関わってきます。というか企業や政党では有能な人が出世するとは限らず、血筋だけで成り上がる人もいます。

これは日本や北朝鮮などを見ても明らか。アメリカみたいな実力主義が強い国でもコネやカネは重要です。

こういった社会性、すなわち人と人の権力関係みたいなドロドロしたところを探るのが政治学です。

政治学には選挙で勝つための戦略を数理的に分析・立案する分野もありますけどね。

人間には社会性があるおかげで弱者は生き延びることもできるんだよな。
経済学的に正しい経済政策だとしても政治家・官僚・財界や利権が邪魔を実施できないなんてこともある。

財界では「お金」が最重要の指標になりますが、政界では政治家個人として当選・出世するための人望、演説のうまさなども重要。

金権選挙にならないよう1回の選挙で使える費用には上限がありますし、選挙で買収の類は犯罪になりますからね。

政治家の知識は法や経済の知識も必要なように、政治学の世界を突き詰めるなら広範囲の知識が必要です。

社会学には具体的な体系性が欠けている

たとえば経済学や法学はどんな大学でも基本レベルの講義内容は同じです。経済学や法学は具体的な体系性をもっているのです。

それとは対照的に社会学は具体的な体系性が欠けています。というか社会学の意味をきちんと定義することも難しいです。

社会学に関しては、法学における法曹のような実利的な国家資格もありません。

まあ社会学の中でもマックスウェーバーやデュルケームなどは重要なのですが、社会学は体系的な専門性が欠けていることには注意しましょう。

社会学は範囲が広すぎるだけあって、社会学者はさまざまな話題が出てくるテレビ番組に採用されやすいでしょう。

たとえば法社会学なんてのもありますが、社会学者は法律の専門家ではないため法律についてコメントを出すと「素人っぽい」と批判されてしまうのです。

社会科学と人文科学の違い:心理学の例

  • 人文科学の特徴言語、思想、芸術感覚など人間の内面にもとづく分野。感覚的かつ文化的。優れた産物は次世代へと継承されやすい。
  • 社会科学の特徴法、経済、政治など人と人の関係にもとづく分野。自由と公平性がもとめられやすい。実際に社会を動かしている要素が多い。

たとえば心理学は人間の心理という内的現象を研究する分野。基本的に心理学は人文科学に属します(医療には精神科もあるように心理学は自然科学っぽくもある)。

これに対して社会科学は法律、経済活動、国家など人間と人間の関係から生まれた外的現象を研究します。

たとえば「日本国憲法をつくる際は政治家の〇〇という心理が影響していた」などと内面を分析することもできますが、法学といえば妥当な条文解釈や判例を探ることが基本です。

条文や判例はさまざまな人間にとって共通性と外物性と強制性があり、実際に社会を動かしているところがあります。

たとえば刑法には人間の応報感情が現れているが、刑罰の適用は公平でなければならない。
たとえば小説には人間の感情が現れているし文章という具体的な外物性もあるけど、小説が社会を動かしているとは言えないかな。
人々の行動に影響を与えた文学作品はたくさんあるけど、法律・条文のような公的な強制力はないからね。

社会科学と人文科学の違い:社会科学は「自由」がとても重要

法学、経済学、政治学は人と人の関係から成立する学問である以上「自由」「自由権」という概念がすごく重要です。

この自由は、「他人への批評はどのくらい言ってもいい?(言い方によっては違法)」「経済活動はどのくらい自由?(たとえば賃金は最低ラインがある)」「政治家の行動はどのくらいの自由が許されるか」などさまざまな論争があります。

北朝鮮のような独裁国では一般人の自由権が大きく欠けていますが、先進国では自由という自浄作用の試行錯誤によって問題を解決していくことが基本線にあります。

もし法的に問題のある人がいたら適切に批判する、商品を生産しすぎたら自主的に在庫調整する、選挙で有権者は自由に投票先を選ぶなど、自由は人間が他人を正すのにとても重要です

自然科学についても宗教的に天動説しか主張しにくい時代もあったから、自由に研究・発表・批評する環境も重要だな。
キュリー夫人も自由の重要性を強調していた。

重要:人間を動かす要素

  • 生物的にはカロリー、血液、ホルモン、生物としての本能(危機回避や生殖)
  • 人文的には理性、理想、経験、倫理、情熱、信仰心、教育、恥・世間体
  • 経済的にはインセンティブ(損得勘定)、欲望(効用改善)
  • 法的には法による規制や義務、刑罰を避けたがること、応報、贖罪(しょくざいとは罪をつぐなうこと)
  • 政治的には権力的な命令、権威、正義、嫌悪、ルサンチマン(強者への憎悪)

社会科学の普遍性

社会科学における「みんな(人間)」と「普遍性」

  • 市場価格みんなの需給(買いたい、売りたい)の均衡であり、諸国で通用する原理。ちなみに公定価格は政府が一方的に決める価格。
  • 国民国家言語や文化について一定の同質性を基礎とし、国民の意志でもって形成された国家。
  • 政党人間が同じような政治的目的を達成するために結成された私的な集団。
  • 人権近現代では「奴隷や拷問は非人道的」といわれるように人の権利として大事にしなければならない要素には普遍性がある(みんなにとって重要だから諸国に広まった)。
  • 民主主義いろんな国を見ていると、独裁政治よりはみんなで決める民主主義のほうがまだマシか。
  • 鴨川等間隔の法則京都鴨川のほとりに座るカップルは等間隔だが、こんな法則が通用するのは周りの空気を読みたがる日本人だけ?

自然科学と社会科学の違い:真実へのバランス

社会科学と自然科学の間で決定的に違うのは真実・真理の解明に対する姿勢です。

そもそも自然科学は自然について真理を解明することを究極目標とします。宇宙の起源の解明なんていうのは宇宙専門家でなくても興味があります。

しかし、社会科学においては真実の解明をめざすとは限らず、それよりもバランスのよさをめざしたりします。

その典型は世界各国の政府が父子間のDNA鑑定を義務付けないことです。

そもそも父親は、配偶者である妻が浮気してつくった子どもを自分の子どもとして育てたくないはずです。

しかし、政府がそれを助けるべく父子間のDNA鑑定を義務付けてしまうと、放っておけば平穏だったはずの親子の仲を切り裂き、それは大きなトラブルへとしてしまいます。

そのため政府が父子間のDNA鑑定を義務付けるのは無理があるのです。

酒類に関しても人間にとって最も健康的なのはまったく飲まないことですが、禁酒法のごとく全面的に禁止すると闇経済が盛り上がるため、政府は合法化して酒税をとり、その枠組みの中で健康指導するのが基本です。

このように社会に真実をもとめず、各人の利害バランスを調整する考え方は日本だけでなく世界中で通用します。

法は人間の争いを減らすために存在するのあって、むやみに争いを増やすべきじゃないんだよな。

人間の住所について中央区銀座のように交通や商業の利便性が整った地域ほど家賃は高くて、そうではない田舎ほど安い傾向があります。

つまり、低い家賃で便利な地域に住むのは基本的に不可能なこと。ものすごく狭くてボロい物件なら可能でしょうが、それはそれで問題もあります。

そこで多くの人間は利便性と家賃のバランスをいろいろ考えるわけです。

社会はこのような両立しないことがあふれており、多くの人はバランスをとろうとしています。

参考:学問の究極目標

  • 自然科学真理の解明(自然や人間の限界も見えつつある)、人間や自然環境にとってプラスになるモノの発明(寿命向上、環境負荷低減、人間が楽になる機械の発明など)
  • 社会科学真実の解明、各人の利害バランスの調整、より多くの人々の幸福につながる体制の構築
  • 人文科学真実の解明、先人たちの知恵や作品を評価し現代に役立てる
人間について身体の成分や構造を分析しやすいのが自然科学、人間について思考や感覚を分析しやすいのが人文科学、人間について複数の他者との関係性を分析しやすいのが社会科学。

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特定の一神教を信仰する人間は、そうではない人に比べて主観的な幸福度が高いという調査・論文があります。

その調査・論文が正しいとすれば、この世の真実ではないかもしれない神・神話を信じるほうが人間の幸福度は高いということ。

日本人の主観的な幸福感が高くないのも、特定の一神教を信仰しないからかも?

真実というのは大きなジレンマですね。

フィクションだとしても救われる思想もあるよなぁ。
学問の世界だとフィクション系の話を下に見る人もいるけどね。

人間の不安定感:社会科学や人文科学は科学ではない?

世の中には社会科学や人文科学もありますが、「科学」と聞くとまず想起しやすいのは自然科学でしょう。

ここには人間の不安定感が大きく関わっています。

自然科学の物質は同じ物質で劣化していないのなら100年前のモノでも現代のモノでも性質は変わりません。

自然科学の物体運動についても人間が絶滅したとしても半永久的に成立し続けます。

すなわち自然科学の法則・実験は普遍性が強く再現しやすいのです。

しかし、人間の思考様式は現代人と古人、日本人とアメリカ人とでは違ったりしますよね。同じ日本人でも現代では思考が多様化しています。

中には似ているパターンもあったり、いつの時代でも変わらない本質もありますが、それでも自然科学で扱う物質よりは安定感が低いです。

たとえば多くの人間は刑罰適用を嫌がって行動するけど、中には刑罰適用をなんとも思わず行動する人もいる。
社会のルールは人間次第で変えられるが、自然界の根本的なルールは変えようがないな。

そのため人間関係を扱う社会科学、そして人間の内面を扱う人文科学では再現性および法則性が自然科学よりは弱いというわけ。

実際、政府の政策はエリートが考え抜いたものや海外で成功したものであっても失敗することはザラにあります。

日本人への英語教育なんかでも上達法は乱立していて、どれが効率的なのか迷う。

人間の非合理性を補う科学

それでは自然科学は万能かといえば、そんなことはなく、条件を潔癖なまでに整えた実験室でしか成功しない実験と、実際の現場(医療や建設の現場、工場など)で行う策とではズレがあったりします。

これに関して昔の社会科学は「社会を徹底的に理屈っぽく設計すれば、みんなが幸せになれる」という社会主義・計画経済が盛んでした。

しかし、そういう社会主義が一気に廃れたのは、人間の合理性や理想を優先しすぎて現実の自浄作用は大きく欠けていたことが主因です。

現在の社会科学では人間の非合理性を十分に考慮した研究も進んでいます。

中間地点としてのまとめ

ここまでの各分野の定義を簡単にまとめてみます。

  • 自然科学(理系)自然がつくり出したモノを研究する分野
  • 人文科学(文系)人間の内面がつくり出したモノを研究する分野
  • 社会科学(文系)人間と人間の関係から生み出されたモノを研究する分野

ポイントは、各分野は人間の存在をどのように捉えているかです。

そこで各分野と人間の関係を示すと以下のようになります。

  • 自然科学(理系)人間が存在しないとしても通用する現象や法則をもとめる
  • 人文科学(文系)人間が一人しか存在しなくても一応研究する価値はある
  • 社会科学(文系)社会科学の所産や事象は人間が複数いないと生じない※
※社会科学的な所産や事象とは、お金、法、権力、国家など。これらは人間が2人以上いてこそ発生します(他人の存在が前提)。

しかし、自然科学と人文科学は世界に人間が1人しかいなくても研究する価値は一応あります。

それは一人で生きていく中で今後の天気を研究するとか、自分一人が信じている神を研究するといった具合。

しかし、社会科学は人間が複数いないと研究する意味がありません。それは世界に人間が一人しかいないと、研究するだけの社会科学的な所産や事象が発生しないともいえます。

こういった想定は極端ですが、各種の学問は極端な想定をすると本質が見えてくることがよくあります。

社会科学と人文科学の重要なポイント:個と全体・集合

ここから先は補足的な情報について述べます。

  • 社会科学の個経済人(合理的に行動すると仮定した経済モデル)、ミクロ経済、個としての有権者、個人の人権
  • 社会科学の全体や集合体国家、国際関係、政党、企業、マクロ経済、治安(秩序)
  • 自然科学の個細胞、原子、分子、顕微鏡で見るような世界、身近な物理現象
  • 自然科学の全体や集合体宇宙、天気、大気、太陽が地球に影響を及ぼすというような規模の大きな現象

社会科学や自然科学は、個と全体・集合を意識しながら取り組むことが大事です。

たとえば個人の人権ばかりを尊重すると社会全体の秩序が乱れることがありますし、逆に社会全体の秩序ばかりを重視すると個人の人権が抑圧されたりします。

地理学には人文分野と自然分野がある

地理学には自然地理学と人文地理学という二大系統があります。

自然地理学は地形や気象といった自然を研究します。

これに対しては人文地理学は人口や交通といった人工的な面を研究します。

これは結構わかりやすい違いです。

理系も文系を、文系も理系を学ぼう

それから、たとえば原子力および原子力発電を研究する分野としては物理学や工学の領域があてはまります。

しかし、原子力発電は経済コストも考えなければならない以上、原子力を研究している人が経済学を学ぶことには大きな意義があります。

理系も文系を、文系も理系を学んだ方がいいパターンは他にもたくさんありますので専門外の領域についても教養レベルで学んでみてはいかがでしょうか。

大学での各学問は根本を探究する

自然科学は小中学校の理科を本格化させた分野、社会科学は小中学校の公民を本格化させた分野、人文科学は小中学校の道徳・語学・芸術を本格化させた分野ともいえます。

  • この世の根本に迫る
  • 真理、真実とは何か
  • 小中高で習った内容を改める
  • 人間とは何か
  • 科学の限界を知る
  • 正答が見つからないことを探究する
  • 社会に政策提言をする

とくに哲学は人文だけでなく自然科学や社会科学にもおよぶ根本を突き詰める学問です。

学問を使って何かを創造したいのなら、まずは教科書に載っているような原理や先人たちの成果を学ぶべき。これは大学入学前や、大学1~2年生でやることです。

筆者の場合はなんとなく社会の根本に興味があったために社会の根本を広く学べそうな学部へ進学しましたが、これは人によって違うものです。

もしどの学問を選ぶべきか迷っている人がいたら「どの分野の根本に興味があるか」を考えてみるといいですよ。

歴史学の範囲

最後は歴史学の特殊性について。

一般に歴史学は人文科学の一つに位置づけられやすいです。

しかし、歴史は人と人の関係からでき上がっているため社会科学の一つといえなくもありません。

実際、法学や経済学を細分化すると法制史学や経済史学という分野もあります。

一般に歴史学や考古学は人類が現れた時代以降の人類の痕跡を研究の対象とします。

それ以前の時代(人類がいない時代)の研究は地学や古生物学が主役という感じです。

前者は人文科学・社会科学系で、後者は自然科学系です。

まとめ

今回の自然科学と人文科学と社会科学の分類は「それなりに妥当」という見解であって絶対的な正解ではありません。

数学、地理学、歴史学などは分類が難しいですし、他にも細かいツッコミどころはあります。

何か気になることがあったら、あなた自身でも開拓してみてください。

ちなみにアメリカの大学は学部4年間が教養的で、大学院が専門的な傾向があります。ロースクールやメディカルスクールはその典型。

日本でも教養学部や総合政策学部といった学部に進学すると学部4年間を教養的な内容で埋め尽くすこともできますよ。

筆者は総合政策学部の出身ですから。

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