今回は理想主義と現実主義について解説します。
理想主義は理想を追い求め、現実主義は現実を追い求めます。
国際関係論の文脈において理想主義はハト派(外国との協調を重視するタイプ)に近い意味ですが、今回はもっと広く社会的な意味での理想主義と現実主義です。
これを理解するには雇用流動化がわかりやすいと考えます。
どういうことか見ていきましょう。
理想主義にもとづく考え方 | 現実主義にもとづく考え方 | |
社会主義・共産主義 | 移行したら素晴らしい世の中になる | その体制に移行しても、搾取、いじめ、格差は消えない |
軍事 | 外国を武力で脅さなくても話し合いで平和になる | 外国を武力で脅さないと平和にならない |
武器のない世界 | 武器のない世界は実現できる | 武器ゼロになっても次の瞬間からつくり出す人が出てくる |
他人や外国人 | できる限り信用しよう | 疑わしい人間もいるよな |
中国に文句を言いたい | 中国にいうべきところは言おう | 中国を怒らせると輸出入に悪影響があるから言えない |
国境 | 国境はいらないし、入国者は拒むべきではない | 悪い外国人の入国を防ぐために国境は必要 |
雇用 | 誰もクビにしなくても理想的な雇用は達成できる | 誰かをクビにしないと雇用情勢は悪化する |
発電 | 原発なんかなくても火力や自然エネルギーで賄える | 原子力発電が必要 |
電柱・電線の地中化 | 地中化したほうが見栄えがいい | 費用がかかるし、地震時の断線からの復旧が遅れそう |
選挙 | 直接民主制 | 間接民主制 |
選挙カー | 選挙カーをうるさく稼働させなくても選挙は可能 | 選挙カーを稼働させたほうが政治家の得票は上がる |
ネット投票 | ネット投票は実現できる | 介護人による不正投票、サイバー攻撃があって無理 |
事業資金 | 無借金経営 | 借金経営 |
税金 | 無税、減税 | もし消費税がなくなっても社保や他の税金が上がるだけ |
企業経営 | 利益だけじゃなく社会貢献が重要 | 売上と利益の伸びが重要 |
労働者にとっての賃金 | 高ければ高いほど望ましい | 人件費が高いと雇用者数が少なくなる |
いじめ | 教員が優しく諭せば加害者はいじめをやめてくれる | いじめはなくならないから早期発見と厳罰が重要 |
移民や外来種 | 多文化共生の精神、みんな仲良くしよう | 治安悪化や在来種交雑が問題になる |
生き物の殺処分 | 殺処分をゼロにしよう | 衛生問題も絡むから殺処分ゼロは無理 |
禁酒 | 人間は全面的に禁酒すべき | 全面的な禁酒は昔の米国みたいにひどいことになる |
理想主義と現実主義の違いをわかりやすく解説【雇用流動化の例】
まず現状の日本では男女の間に大きな賃金格差があります。
これは、日本の女性が20~30代の時期に結婚や出産・育児のために勤務先を辞めたり休業をとる一方で、男性はその間も仕事にまい進して出世することが大きな原因です。
育児から職場に復帰した女性は、残念ながら低賃金になってしまう場合が多いです。
結婚や育児によって低賃金やキャリアが閉ざされることを恐れる女性の中には、結婚を意図的にしたがらない人もいます。これは少子化の一つの原因になっています。
現実主義者の解決法
育児を経験した女性の中には高い賃金を受け取ってもいいようなスキルや経験をもった人もいますから、そういう女性が低賃金に甘んじる状況は理不尽だといえます。
こういう状況を目の前にして現実主義者は「女性がよい待遇にありつくためには雇用を流動化させるしかない」と考えます。
会社というのは雇える人数が限られていますから、女性をよい待遇の中途採用で雇用するには、既存の従業員のだれかをクビにするしかないからです。
理想主義者の考え方
一方、理想主義者の考え方は違います。
理想主義者は「会社の幹部の待遇を減らしたり会社に溜まった利益・預金を使えば、既存の従業員をクビにすることなく育児復帰の女性をよい待遇で雇用できる」と考えます。
確かに儲かっている会社ではそれは可能です。これはワークシェアリングの考え方に近いです。
しかし、ここで大きな問題が理想主義者に襲いかかります。
それは「資本主義社会では私企業がだれを何人雇うかはそれぞれの私企業の自由に任されている」ということです。
会社が労働者に支払う賃金についても最低賃金さえ満たせば自由。他に設備投資の内容や事業所の場所なんかも自由です。
もし政府が私企業に対して雇用の義務付けを厳しくしてしまうと、それは社会主義あるいは共産主義という体制になってしまいます。
「社会主義だとしても政府が雇用を義務付けることによってクビになる人がいなくなって幸せな従業員が増えるならそれでよくない?」と考える人もいるでしょう。
その極致が、国民全員を公務員として国が雇用し続けるという旧ソ連のような体制です。
しかし、政府がそこまで私企業を強く支配してしまうと、政府の権力が独裁化してしまいます。
実際、歴代の社会主義国は政府の権力が強すぎて失敗したパターンがかなり目立ちます。
株主が抵抗する現実
それに資本主義国の私企業は株式会社が多いです。株主は株式会社の共同所有者です。
そんな株主にとって出資先に従業員が余計に増えると、その会社の利益が減ってしまい、それによって株主が受け取る配当も下がってしまいます。
株主は利益を生み出す従業員は歓迎しますが、無駄に賃金が上がることは歓迎しませんから、雇用が無駄に増えることも歓迎しません。
また会社の中で賃金が平等になると、それまで高い賃金を得ていた男性幹部は仕事に対するモチベーションを失うかもしれません。
このように仕事にモチベーションを失った男性が増えると日本全体の経済成長率が下がることも考えられます。
理想主義的な雇用は望ましいが現実は複雑
クビになる人がいなくて、そしてまた育児を経験した女性が高い待遇を得られるという理想主義的な雇用は大きな魅力があります。
しかし、現実的にいろいろ考えると、理想主義的な雇用は実現不可能だといえるのです。これが現実主義的な考え方。
雇用流動化は不幸ばかりではない
雇用流動化が実現すると「クビにされた人がかわいそう」という論に行きやすいですが、そればかりを強調するのは偏っています。
というのも雇用流動化が実現すると、クビになりやすい一方で採用もされやすい社会になります(現状はクビも採用も難しい社会)。
こういう場合、将来が危ない会社や自分に合わない会社はさっさと辞めて転職したほうがいいともいえます。
いわゆるサービス残業は労働者が「自分を雇ってくれる会社は他にないから今の会社に尽くすしかない」という思いから生まれますが、雇用流動化社会では別の会社に移れば現状の会社に尽くす必要はなくなります。
これによって新たな成長産業に有能な人材が移りやすくなって、社会全体の利益はそれまでの雇用固定型の体制よりも上がることも考えられます。
まとめ
雇用流動化は欧米社会の基本になっているようにメリットとデメリットがあります。
もちろん、日本のような終身雇用や正社員の安定雇用にもメリットとデメリットがあります(日本の終身雇用は崩れかけている)。
それに日本の場合、非正規雇用者ばかりがクビにされているという現実もあります。
こういった現実にどう対処すべきかは政治家が率先して考えるべきなのですが、日本は既得権者の圧力が強いため先送りが続いています。
このあたりは理想だけでなく現実も考えていただければと思います。