社会・教育

民主主義とは何か、対義語とともにわかりやすく説明

2019年3月14日

国会議事堂

民主主義とは、国民ひとりひとりが権利をもった体制を意味します。

この場合の権利とは、選挙権や自由権など教科書に出てくるおなじみの権利だとお考えください。

自由権とは、信仰、表現、職業、住む場所などは原則として個人の自由だということ。

選挙権についていうと、一般に有権者は候補者の中からよさげな人を選び、その人が当選すれば議会で法案を決めるという形になります(多数決が大原則)。

つまり、有権者は議会の重要事項を間接的に決めているようなものなのです。

これを間接民主制といいます。

民主主義とは何か:多数決なら納得できる

ここで民主主義の根幹である選挙について深く考えてみてください。

というのも日本の衆議院総選挙は費用が1回あたり600億円ほどかかります。

何か具体的な政策を行う費用ではなく、政策を決める人を選ぶだけなのに600億円ですよ。ものすごい金額だといえます。

しかし「600億円も税金をかけて選挙を行った割にポンコツ議員が多くない?これなら選挙なんてやらないでオレが尊敬する賢人にすべてを任せた方が日本はうまく行くんじゃね?」とか考えたことはありませんか。

私はあります。おそらくあなたにもあるでしょう。

で、仮にその賢人とやらがまったく非の打ち所がない聖人君子で全知全能のスーパーマンだとします。

全知全能のスーパーマンなら、経済・法律・外交・社会保障・環境問題どれも最善の決定をしてくれそうですよね。

でも、現実には最善の決定という概念はほぼ成立しません。

たとえば賢人が「環境問題を改善するために経済成長をかなり控えよう」と決めたら財界人は激怒します。

こんなことでは財界人や金持ちの利益は減ってしまうからです。もちろん、そういった財界人に雇われているサラリーマンとて悪影響はあります。

逆に賢人が「経済成長を優先するから環境問題なんてどうでもいいや」と決めたとします。

この場合、環境保護団体は激怒し、かつての四大公害のような事件がまた起きて苦しむ人が出てきます。

このように賢人が一人で決定した行動はどちらに行っても批判されます。万能な経済政策はこの世に存在しないのです。

「まだマシ」くらいの経済政策は存在するけどね。

仮に賢人がバランスをとった決定をしたとしても「なんでお前一人に社会のバランスを決められなきゃならねーの?」と思われるだけです。

この点、有権者が選挙で議員を何百人も選んでその人たちに経済政策の決定を任せると「みんなで決めたことだから納得するしかない」と考えます。

そう考えると、民主主義は最善ではないものの一応の納得感をもたせる体制だといえます。

みんなで決めると「まだマシ」な国家ができる

また一人に政治を任せていると、最初は聖人君子だったとしてもそのうち豹変することも考えられます。

その場合、北朝鮮のような独裁国になってしまうでしょう。

この点、みんなで決めれば北朝鮮ほどひどい国家にはなりません。

つまり、民主主義は「まだマシ」くらいの社会をつくるためにあるのです。

民主主義って妥協の産物だよね。

民主主義の訳語

ここからはちょっと真面目な話になります。

そもそも民主主義は「democracy」の訳語とされています。

democracyの元となった言葉はギリシア語のdemokratiaです。demo(s)は「人間」を意味し、kratiaは「権力・支配」を意味します。

つまり、民主主義は人間が権利をもつ人間主体の政治を意味するのです。

民主主義の2つのパターン

人間が権力をもつなんてのは当たり前に見えるかもしれません。

しかし、古代社会や現代のイスラム社会では神の意思をとても大切にします。

こういった社会では主役は神であって人間ではないため民主主義は根付きにくいものです。

ここでdemocracyを「人間による政治」と解釈すると、democracyの対義語は「神権政治(神政政治)」になります。

神権政治とは、預言(神や霊の言葉)の解釈によって行う政治体制です。

この場合、「人間(俗なるモノ)による政治」と「神(聖なるモノ)による政治」の対比になっているわけです。

この解釈においては独裁政や貴族政も「人間による政治」なので民主政の一種ということになります。

他方、democracyを「多数の人間(大衆)による支配」と解釈すると、独裁や君主制がその対義語になります。

ここでは「多数者による支配」と「少数者による支配」が対比されているわけです。

民主政は間接民主制や共和制の類に落ち着く

ただし「多数の人間による支配」を実現しようとしても、直接民主制は現実的にはほとんど実現不可能です。

たとえば日本の総人口は1億3千万人、有権者数だけでも1億人ちょっとはいますから、その人たちが一堂に会して話し合ったり、採決をとるなんていうのは不可能です。

そのため、民主政治は実質的には「間接民主制(=代表者による政治体制)」「共和制(=君主なき政治体制)」の類に落ち着きます。

つまり、みんなで政治を行おうとするよりも、みんなを的確に導くエリートの育成や、エリートによる政治が機能する体制、そして資質のあるエリートが選挙で選ばれる仕組みの構築に力を注ぐ方が現実的といえます。

なお現代のエリートである官僚は行政国家という形で各所に権力をおよぼしています。

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