転職の進め方を丁寧に【20代後半・アラサー編】

なぜ捕鯨の反対派と賛成派は分かり合えないのか、理由をまとめてみた

海中のクジラ 生活

英語でクジラは「whale」、そして捕鯨は「whaling」といいます。

YouTubeで捕鯨を検索すると

上の画像のように「whaling」とYouTube(地域設定はアメリカ)の検索欄に入力すると、サジェストにトップで出てくるのは「in japan」「japan」です。

つまり、英語圏の人は捕鯨と日本をむすびつけて考えることに関心があるとしか思えないのです。

捕鯨に関して日本は目の敵にされている?

そのサジェスト検索では「日本人による捕鯨は残虐」という感じの動画が上位に表示されます。

ここで捕鯨についていろいろ反論したい日本人は多いでしょう。

そこで以下にクジラとイルカの食用捕獲に対する反対意見と賛成意見を公平にまとめました。

まずは捕鯨反対派の意見から見ていきましょう。

ちなみに筆者は捕鯨に賛成しています(絶滅危惧種はダメですが)。すべての意見を冷静に考慮すると賛成派の意見に説得力があると考えるからです。

ただし、クジラは食べたことがあっても、イルカは食べたことがありません。

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なぜ捕鯨に反対するのか:反対派の理由

各項目の下にある「⇒~」はツッコミどころや補強意見を意味します。

基本的に捕鯨反対派の理由は感情的な傾向があります。

クジラやイルカは知能が高いので食べるのは野蛮

⇒水族館でクジラやイルカは調教師に仕込まれた芸を見せるように、クジラやイルカは知能が高い(人間を理解する)というイメージがあります。

サルの類を食べる民族がほとんどいないのも、サルは人間に近く、また彼らの高い知能を尊重しているからではないでしょうか。

一部の中国人は猿脳を食べるけど、これは例外的。
イルカを食べる日本人もかなり少数派だよね。これは好き・嫌いというよりも一部の地域でしか出回っていないことが大きいと思う。

クジラやイルカはかわいいから捕ってはいけない

⇒確かにクジラやイルカはかわいいかもしれません。欧米人がつくった芸術作品でもクジラやイルカはポジティブな感じで描かれています(例外的にディズニーのピノキオでクジラは悪役)。

各国のスポーツでもドルフィンズやホエールズなんていうチーム名はよくありますが、ブタを由来としたピッグスなんていうチーム名は聞いたことがありません。ドルフィンやホエールはそれだけポジティブなイメージが確立しているのです。

ラッセンによるクジラやイルカを描いた美しい現代アートが捕鯨反対派を思想面で後押ししているのかも。日本のドラえもんに出てくるイルカも優しくてかわいい正義キャラだし。「かわいい」は正義なのかな?
欧米人の聖書でもクジラは慈悲ある動物として描かれている(=クジラを人間に近い存在と見なす)。こういう思想や芸術の力は意外と強い。捕鯨反対派は理屈だけで動いているわけではないのだ。
そういえばサメも『ジョーズ』のせいで人を襲う恐ろしい生き物というイメージがあるけど、大半のサメは怖くないらしいね。

しかし、世の中にはブタをかわいいと思う人だっています。ブタもそれなりに賢いといわれている生き物ですが、聖書でブタはネガティブに書かれています。

ここで「ブタは食べてもいいけど、クジラやイルカは食べてはいけない」といったら矛盾していると突っ込まれます。

つまり、クジラもブタも食べる、あるいはどちらも食べないという行動こそ説得力があるでしょう。

ちなみに野生のイルカは共食いや子殺しにおよぶことが確認されています。イルカは人工的なイメージや水族館の中ではかわいいのでしょうが、現実には荒々しいのです。

イルカ漁が残虐だと思う人は、まず共食いや子殺しにおよぶ野生のイルカを批判してみてはどうでしょうか。

クジラやイルカはまずいので、わざわざ獲って食べるべきではない

⇒個人的には「クジラがまずい」という意見はほとんど聞いたことがありません。

いるとすれば食わず嫌いでしょうか。

クジラの生肉はマグロと牛肉の中間という感じの味でおいしいんです。

なお、市場に出回るのは赤肉やベーコンがほとんどですが、専門店では希少な尾身も出回ります。

クジラやイルカの頭数は減っている

⇒実際には減っている種もあれば、増えている種もあるといわれます。

具体的にはナガスクジラは頭数が少ない一方で、ミンククジラは頭数が多い模様。

観光資源としての経験や配慮からクジラを守りたい

⇒四方を海に囲まれた国オーストラリアではホエールウォッチングが盛んです。

幼いころからホエールウォッチングに親しんでいると「クジラって神秘的で素晴らしい。だから捕ってはいけない」と考える人たちが少なからずいます。

観光戦略的にも「気軽に食べられる食用動物」というイメージよりも、「人間が食べてはいけない神聖な動物」というイメージで展開した方がプラスになるでしょう。

イルカと人間は一緒に泳ぐこともできるから、それで親近感をもつ人は多そう。

クジラは飼えないため食べてはいけない

⇒「牛や鶏は家畜として人工的に殖やせるため食べてもいいが、ほとんどのクジラは飼って増やせないから食べてはいけない」というのはよく聞く論法です。

しかし、飼えないモノは食べてはならず、飼えるモノは食べてもよいというのならタコも食べてはならないはず。

タコもブタも人間にとって醜く見えるから不遇な扱いなのかな…
確かにタコを悪魔と見なす風潮は欧米であったね。今は改善しつつあるみたいだけど…
タコの養殖はかなり難しいというのが定説。

集金やストレス解消のために捕鯨反対を展開しているだけのこと

⇒「捕鯨反対運動にはお金が集まり、日本を叩くとストレス解消になるから反対運動を展開している」というのも、十分ありうる理由です。

ただ、個人的には捕鯨反対派は上層部と下層部では心理や目的が異なると思います。

おそらく、上層部は集金や関連団体とのやり取りなど政治的な都合を優先していると感じます。

一方、大衆は「クジラは賢くて尊い生き物だから守らなくちゃ!」みたいな感情にもとづいて反対しているでしょう。

戦争や環境問題をめぐる報道では、かわいい動物や子どもが無残な姿になっているところが写真になりやすい(ブタは絵にならない)。その方が大衆の感情に強く訴えることができるからだ。でも、そういう被写体は捏造の場合もある。
水鳥を使ったパターンが有名だね。政府やマスコミの上層部は世論を誘導したいんだろう。すぐに「かわいそう」と思うのではなく、よく考えることが必要だよね。

海に生きる哺乳類は神秘的だから保護すべき

⇒確かに海も海中生物も現代の科学力をもってしてもすべて解明できていません。

そして、陸上生物もまだ解明されていない部分はたくさんあります。

したがって、この理論を厳密に適用すると肉魚はすべて捕獲禁止でないと筋が通りません。

すべての生物の祖先は海で生まれ、その一部が上陸してさらに進化した。しかし、どういうわけかクジラやイルカは海に戻った。ここに神秘を感じる人は多いだろう。

捕鯨に反対する西洋人の価値観は普遍的に通用する

⇒人権という普遍的に通用する概念をつくったのは一応、近代の西洋人。

しかし、何から何まで西洋人の価値観を優先してもいいわけではないでしょう。

大体、黒人奴隷を大量に酷使したり、先住民を大虐殺した人たちが人道的な価値観を主張しても説得力に欠けます。

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なぜ捕鯨に賛成するのか:賛成派の理由

クジラ

次に捕鯨賛成派の意見を見ていきましょう。

基本的には食べるということを公平に考える必要があります。

人間は他の動植物を食べないと生きていけない

⇒人間を含めたあらゆる生物は、他の動植物を食べなければ生きていけません。

したがって、捕鯨もその一環として認められるというのが賛成派の基本線にあります。

いかなる生物も他の動植物を食べるという原罪から逃れられません。

それならば日本人が食前に「いただきます」と発するように、様々な生物をしみじみと味わって原罪を深く認識すべきではないでしょうか。

クジラは利用し尽くすべき

⇒今も昔も日本人は家畜やクジラについてあらゆる部分を食べたり、骨をダシ汁として使います。

昔の日本人は楽器の部品にまでクジラのヒゲを使っていました。

しかし、昔の米英は鯨油目的だけにとらわれて捕鯨におよんでいました。

日本人の精神からすればクジラには犠牲になってもらった以上は無駄に捨てることは「もったいない」です。

ただし、現在のフランスではフォアグラを否定的に見る人が増えているように、動物・食べ物に対する感覚は時代によって変わるところもあります。

そういえばスペインでは闘牛はなくなり、先進国ではヴィーガンが増えているっぽいね。

西洋人の倫理には疑問が残る

⇒捕鯨反対派の西洋人は自分たちの倫理観は普遍的に通用するとアピールします。

しかし、かつて西洋人はアメリカ大陸やオーストラリアの先住民を殺しまくり、多くの動植物を絶滅に追いやりました。

白人の倫理観は現代でも利己的だという一面を表しているのが、以下のニュース。

注目ニュース

豪のドッグレース界 毎年1万匹以上のグレーハウンドを殺処分

AFPBB News:2015年9月29日

年間140万頭、豪のカンガルー猟は是か非か

NATIONAL GEOGRAPHIC:2017年11月26日

豪、コアラ7百匹安楽死 一部で増加、飢餓の恐れ

琉球新報:2015年3月4日

捕鯨反対派のオーストラリア人にとってクジラやイルカの殺処分はダメで、カンガルーや犬はいいらしい。
コアラの安楽死については生態系のバランスをとったとも理解できる。この理論でいうと、クジラの中でも増えすぎた種類は間引いても問題ない気もする。

ノルウェーやアイスランドによる捕鯨はあまり批判されない

⇒ノルウェーやアイスランドも捕鯨国ですが、日本ほど批判されていません。

それは欧米諸国にとっては政治的に日本の方が批判しやすいからでしょう。

近年では韓国が捕鯨に積極的だが、日本ほど批判されていない気がする。和歌山県太地町のイルカの追い込み漁の映像(イルカは血まみれ)が尾を引いているのかな。

日本は調査捕鯨として南極海で捕鯨におよんできた。自国の排他的経済水域内だけでの捕鯨ならここまで批判されなかったのかもしれない。
デンマークはクジラやイルカの漁を行っており、そのとき海は和歌山県太地町と同じように赤く染まります。

牛肉や豚肉を無駄に多く消費している民族は許されるのか

⇒牛肉も鯨肉も本質はそんなに変わらないでしょう。どちらも一つの生命体に犠牲になってもらった末に食べるものです。

しかし、すべての人間が肉魚ばかりを食べると地球の食糧供給は追いつきません。

そして人間は栄養的にも野菜や穀物も食べる必要があります。

そう考えると、肉魚は無駄に多く消費してはならないのかもしれません。

捕鯨反対は個人の信仰としてはありだが他人に強制すべきではない

⇒一部の中国人や韓国人は犬を食べますし、フランス人はウサギを食べますが、それを批判する日本人の存在はほとんど聞きません。

日本にはあらゆる国の料理店がそろっているように、日本人は割と何でも食べる民族なので他国の食文化にも過剰に干渉しないのです。

欧米人は一神教だけど、日本人は多神教。一神教のもとで育った人の方が他宗教圏の食文化に介入したがるのかもしれない。
そういえば16世紀のポルトガル人やスペイン人は遠路はるばる日本にまで来てキリスト教を広めようとしていたな。

過激な捕鯨反対派には疑問をおぼえる

⇒過激な捕鯨反対派は自分たちを絶対の正義と見なします。

そして「自分たちは絶対の正義なのだから、悪である捕鯨船に暴力を働いても問題ない」と考えます。

こういう思い上がった思想は危険であるため、疑問をおぼえる人は多いでしょう。

海洋資源のバランスを保つためにも捕鯨が必要

⇒クジラやイルカは魚類を大量に食べます。そのためクジラやイルカを適度に捕えないと魚類が減ってしまいます。これは漁師にとっては死活問題です。

海洋資源はクジラやイルカだけでなく全体のバランスを見て捕獲すべきでしょう。

細かいことをいうと捕鯨問題を語る際は商業捕鯨と調査捕鯨の違いなども考慮しなければなりません。

でも、捕鯨反対を通じた日本叩きはそういう細かい違いにもとづくものではないと思います。

まとめ:哺乳類と魚類に対する死生観の違い

以前、日本では露店のハムスター釣りが残虐だとして非難を浴びていました。

しかしながら、露店の金魚すくいはそんなに非難されないでしょう。

そう考えると、人間は同じ哺乳類をよくも悪くも特別扱いしやすい生き物なのかもしれません。

そういえばクジラと同じ海棲哺乳類のアザラシやラッコも人間は特別扱いしている感じだな。
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