2021年の東京五輪の自転車競技にアフガニスタンの女性選手が出場していました。
その人のインタビュー記事を見たら「アフガニスタンでは女が自転車に乗るだけで生意気だと見なされ、見ず知らずの男から石を投げつけられたり殴られた」と語っていました(非タリバン政権時代の出来事)。
日本では考えられない環境ですし、普通に犯罪行為にほかなりません。本来、時代を問わずイスラム教でも無実の人に対する暴力は禁止であり実刑対象です。
イスラム教の国家の多くには姦通罪があるように、どこをもって犯罪行為とするかは国、時代、宗派、法学者によっても違います。
さらにイスラム教には一夫多妻の慣習・制度もありますが、これもたとえばイスラム教国家のトルコでは禁止されています。
イスラム教には宗派もいくつかあって正統的な教義が統一されていないところがあります。
ちなみに姦通罪とは結婚している人が配偶者以外の異性と肉体関係をもったときに成立する犯罪のこと(姦通罪を設けている国なら女性がやらかした場合のほうが罰は重い傾向あり)。姦通罪は日本でも昔はありましたが、1940年代に廃止されています。
イスラム教の国家で女性が厳しく扱われるのは、姦通罪にも一因があるのかもしれません。
おそらく石を投げつけてきた人はアフガニスタンの一般市民でしょうが、タリバンはもっと異常なまでに女性に対して厳しい姿勢をとります。
そこで今回は、中東・アフガニスタン地域を根拠地とするイスラム原理主義組織タリバンが女性に厳しい理由をわかりやすく解説します。
原理主義とは、ある宗教や理論について間違いがないと見なして、それに沿った姿勢を徹底的に貫くこと。
宗教的な原理主義の場合、その宗教が成立した時代の教義にこだわるのが基本。
ちなみに専門家的には、イスラムはイスラーム、タリバンはタリバーンと発音するほうが本来の発音に近いです。
女性に厳しい理由の要点は「中東は古い時代にできた宗教の力が強すぎる地域であり、そこの暴力的な原理主義勢力だから女性に厳しい」ということ。
どういうことか、なるべく公平に解説していきます。
この記事の筆者は政治的にはほぼ中道(中道右派かも)であり、『高校生からわかる社会科学の基礎知識』という商業出版本の著者です。
大学生の頃はアラビア語と中東文化も学びました。
タリバンが女性に厳しい理由は、もしかしたら他にあるかもしれません。参考意見の一つと見なしてください。
タリバンはなぜ女性に厳しい?【イスラム教・右翼の原理主義】
まずタリバン以前に注目したいのが、イスラム教は全体的に危険視されがちですが、現代の日本にも10万人以上のイスラム教徒がいるという事実。
もしイスラム教徒の多くが暴力的だとしたら日本でも事件を起こしまくっているはずですが、日本のイスラム教徒(在留外国人も含む)が暴力事件を起こしたというのはあまり聞きません。
昔、私が通っていた大学にもイスラム教徒(中東やインドネシアの留学生を含む)が少しおり一緒に授業も受けましたが、その人たちは基本的におとなしく、学問および宗教に真面目に取り組んでいた印象でした。
まあ日本人の多くは真面目ですし、中東やインドネシアからわざわざ日本の大学に学びに来られる留学生は育ちがいい場合が多いため真面目に見えたのかもしれません。
そう考えると、アフガニスタン付近を根城とするタリバンの暴力性は中東の歴史や風土と関係があるといえそうです。
つまり、大昔からイスラム教徒だらけの国で、中東というイスラム教としての風土が強い環境だと暴力的な原理主義に走ってしまう人間が一部に出現するということ。
なにしろイスラム教は中東で生まれた宗教であり、そこから世界に拡散しましたから。
中東は宗教性が強い地域
ここで重要なのは以下の3つ。
- 中東は宗教の力がとても強く集まった地域である
- 原理主義勢力は古い黄金時代を理想と見なして現代でも再現したがる
- 宗教(とくに一神教)や古い型の社会は男性優位主義に陥りやすい
宗教の力が強いとは、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教という一神教は中東地域で生まれ、中東には今もそれらの聖地や多数の宗教施設があるということ。
キリスト教徒が多い欧米で人々の服装は聖職者をのぞくと普通の洋服が多いですが、中東地域は一般市民でさえも宗教性の強い衣服をまとっている場合が多いように宗教が社会のすみずみまで支配しています。
中東で娯楽が乏しいのも、民衆が娯楽に興じるとイスラム教への信仰心やイスラム教としての社会秩序が崩れると危惧するため、とくに宗教熱心な勢力は民衆が娯楽に興じることを嫌うのです。
日本のイスラム教徒は日本国内の中ではかなりの少数派であり、日本の空気もそれなりに読んでいるため、おとなしく見えるのかもしれません。
中東の中でもドバイなんかは娯楽がぼちぼち認められているためか中東にしては治安がいいようです。
ドバイは海外の金持ちも多数訪れる都市ですから政府が娯楽の充実や治安対策に力を入れるのは当たり前ですね。
神を強く頼りたくなる地域性
しかも中東は気候の乾燥度が強い地域であり、今も昔も干ばつが頻発してきました。アフガニスタンは乾燥地帯と山岳地帯が多いなど農業には厳しい地域です。
自分が住む地域について干ばつがひどくて農作物がとれないと、人間は「神様助けてー!どうか雨を降らせて!」と祈りたくなるものです。
祈りというのは非科学的な営みですが、人間はすべて合理的に動けるほど完璧な生き物ではありません。
実際、科学が発達した現代の日本でも雨が降らない日が続くと雨乞いが行われます。古代ではもっと大規模な儀式として雨乞いが行われていました。
中東は乾燥の度合いが強く、さらに疫病も多い地域であるため、困ったときの神頼みの度合いは日本より強いはずです。
アフガニスタンの厳しい乾燥について日本の中村哲さん(本職は医師)は、祈りや武力ではなく人工的な用水路をつくることで解決しようと活動してきました。
空から降ってくる水分(雨)はかなり限られているため、人工の水路や池をつくって効率的に水を利用しようとしたのです。
これは乾燥地帯の緑化、洪水被害の分散化、水量および水質の向上、農作物の増産につながるなど一定の効果がありました。
食料生産量や水量・水質が上がれば人々の健康状態も上がるというもの。食料、食器、衣服、身体についた汚れも清潔な水があれば落とせるため病気にかかりにくくなるのです。
これによって貴重な食料をめぐった争いも少なくなりますし、農民は難民化したり武装勢力に入ったりせず耕作に専念することができます。
タリバンは政府軍の武器を手に入れて強気になっている
2021年のタリバンは、かつて米軍がアフガニスタン政府軍に供与していた高性能の武器を奪って強気になっています。
武器を大量にもっていれば弱者に対する脅しも強気に実行できてしまいます。
アフリカの貧しい国だとゲリラや反政府軍はいても高額な武器はあまりありませんが、アフガニスタンは米軍がこれまで中途半端に軍事介入したために武器がかなり流通しているのです。
これは結構まずい事態だといえます。
アフガニスタンは、パキスタン、イラン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、中国(とくに新疆ウイグル自治区)と接する内陸国。内陸国は経済発展にとって不利な地理的条件です。
このような危険度の高い国とばかり接していると、たがいによからぬ影響も受けていそうです。ロシア(昔はソ連)も割と近いです。
ちなみに1950~60年代あたりのアフガニスタン情勢はそれなりに安定していました。しかし、1970年代にクーデターとソ連によるアフガン侵攻(クーデターでできた親ソ政権の支援が目的)が発生すると様相が変わりました。
そこに当時、ソ連と激しく対立していたアメリカも軍事介入してきて戦争の規模が大きくなったという感じです。
中東の保守派はソ連の社会主義を嫌っていましたが、アメリカのような欧米異教徒による軍事介入にも抵抗をもっています。
中でも同時多発テロ事件の首謀者といわれるビンラディンは、中東におけるアメリカ反発勢力の最たる存在でした。
タリバンはムハンマド時代への憧れが強い
それからイスラム原理主義勢力というのは、その国が最も栄えていた古い時代(軍事的にも強かった時代)を美化・崇拝して現代でも純粋なレベルで実現しようとしたがります。
こういう復古主義は中国や日本の極右にも見られます。
純粋なレベルでとは、この場合は不純を許さないということ。タリバンのようなイスラム教原理主義の場合、純粋なイスラム教国家をつくるうえでイスラム教にきちんと染まっていない国民が許せないのです。
極端な勢力は理想も高すぎるといえます。
イスラム原理主義者は、イスラム教的な意味で不純な人に厳罰を下しても「イスラム教の教義や秩序を守っただけのこと」と感じるだけで罪悪感をもっていないでしょう。
中東のイスラム国(ISIL)なんていうのも極右の例です。
- 中東の極右の理想時代7世紀~12世紀(イスラム帝国・ウマイヤ朝~アッバース朝の時代)
- 中国の極右の理想時代古代~中世(とくに唐王朝)
- 日本の極右の理想時代明治時代から昭和戦前という日本の領土が大きかった時代(大日本帝国の時代)
古代~中世において世界をリードした超大国は中東や中国だったため、現代の中東や中国の極右はそういった全盛期・黄金時代を理想とします。
そのあとの大航海時代からは西欧が先進国となり、さらに第一次世界大戦が終わったあたりからはアメリカが超大国となりました。
現代の中国が領土を広げたがっているのも理想時代を再現したいからでしょう。
なおイスラム教の預言者・創始者であるムハンマドは6世紀後半に生まれ、そのあたりから中東の黄金時代が始まりました。中東の右翼はこのあたりの時代が大好きです。
中東の右翼は「古代における中東の女性は慎み深かく、それは美しかった」と考えているため現代でも女性に慎み深さを強くもとめているといわれています。
その象徴の一つが露出度がきわめて少ない黒い服です。
本来、コーランにおける女性の衣服への記述はそこまで厳しくないのですが、原理主義者は極端に考えている模様。
中東は教育水準が低いです。教育や科学の水準が低いと、非科学的な考え方を信用するようになってしまいます。
とくにタリバンは女学校を閉鎖に追い込んでいるように女性には知恵をつけてもらいたくないと思っているのかも。
まあ宗教は科学の発達と大きな関連もあるのですが。
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参考科学と宗教の違い【同じっぽいところもある】
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一神教は男性優位主義に至りやすい
そのうえ各国の右翼は自国の成り立ちに関する宗教や神話が大好き。そこに登場する人物は男が多いです。
ムハンマド(イスラム教の創始者・預言者)は男、キリスト(キリスト教の始祖)もほぼ男です。
現代のイスラム教徒にヒゲを生やした男が多いのは、ムハンマドがヒゲを生やしていたといわれているから。
イスラム教やキリスト教の神話や聖典には男だか女だかよくわからない存在も登場しますが、どちらかというと男性っぽい人物が多いと思います。
キリスト教の12使徒も男っぽい人ばかり。
現代でも、ローマ法王、キリスト教の司祭、日本の天皇や神主、住職など宗教的に権威がある人物は男が圧倒的に多いです(これでも昔よりも女性比率は上がった)。
イスラム教関連の要職も男だらけです。このように、ひとたび男性優位の歴史ができると、そのあとも男性優位になりやすいです。
日本の右翼も男系天皇にこだわっていますし(歴代天皇には男系の女性天皇もいる)。
古い型の社会では男が優位になりやすい
また江戸時代あたりの日本がそうだったように、古い型の社会では新生児は男の子が好まれます。
男の子は労働力(畑仕事や兵士)や世継ぎとして便利だからです。
古い型の社会の特徴は、家父長制や世襲制が強い、部族社会、人々が信心深い、外国人が少ない(排他的)、女性を教育しない、子どもが働いている、多産多死、農業が主力産業、慢性的な食糧不足、私刑(リンチ)が公然と行われている、戦争が頻発している、電力やガス供給が不安定など。
アフガニスタンはかなりあてはまっています。ちなみにアフガニスタンでは農民と遊牧民が人口全体の約9割を占めており、民族構成はそれなりに多様です(東アジア系民族も少しいる)。
いつの時代も戦争で徴兵されるのは圧倒的に若い男が多く、戦争で男が活躍すると男の権威が上がります。
ただし、現代のアフガニスタンにはかなり少数ながらも女性のスパイやテロリストもいるように女性の特性を生かした任務もある模様。
中東は経済面でも法制面でも古さがまだ大きく残っていますし、聖地や宗派に関して争いが多いです。
つまり、中東のような一神教が強く古い型の社会では男に権威があって、男が威張りやすい構造になりやすいのです。
女性の人権が人類史上初めて確立したのは20世紀における欧米先進国でのこと。
イスラム教の法や規範ができたのは7世紀あたりですから、イスラム教について原理主義の姿勢を貫くと女性の人権が弱くなりやすいといえます。
民主主義もそれと似たようなもので結構新しい概念・政治制度です。
イスラム教国家では多数派の国民よりも唯一神の声(7世紀にムハンマドが神から受けた声)を大切にするのであり、とくにイスラム原理主義者は新しい概念である民主主義に反発します。
まとめ:キリスト教も荒れていた時代があった
- 中東は宗教の力がとても強く集まった地域である
- 原理主義勢力は古い黄金時代を理想と見なして現代でも再現したがる
- 宗教(とくに一神教)や古い型の社会は男性優位主義に陥りやすい
イスラム原理主義が女性に厳しい理由がなんとなく見えたでしょうか。
ちなみに、かつての西欧ではキリスト教の諸宗派が宗教戦争や魔女狩りを行っていました。それは今のアフガニスタンよりもひどい殺戮だったのかもしれません。
しかし、欧米は度重なる戦争を乗り越えて平和や人権を獲得するに至りました。
中東の政情もそれよりは早い期間で安定すると信じたいものです。