当サイト「社会の杜」のおすすめ記事のまとめ

山間部で人々を守ってきた寺社と街の中心にある教会

中尊寺金色堂 社会
スポンサーリンク

山と信仰

日本の地方で古くから存在する神社や仏閣は街の外れや山間部にあることが多いです。

信仰と自然は切り離せない関係にあると捉えられ、また信仰は慎み深く行うべきとされてきたからでしょう。

鎌倉の鶴岡八幡宮、京都の清水寺(音羽山)、香川の金刀比羅宮(金毘羅山)はその典型です。

筆者はそのいずれにも参拝したことがあります。そのあたりの地形はまさに山であり階段が多いです。

とくに香川の金毘羅山は階段が多く、観光客が多い清水寺や鶴岡八幡宮とは違って夕方はよい感じの暗さと怖さがあります。

都市部を除いてお寺の正式名称は〇〇山〇〇寺が多いことからも「山」に対する畏敬の念がわかります。

寺社はきらびやかに飾り立てるよりも、不気味な薄暗さがあるくらいの方がよいのかもしれません。

災害と山岳信仰

そもそも日本は地震や洪水が多い国ですが、山間部は高台として人々を津波や洪水から守ってくれる機能もあります。

そこに神性を感じた昔の人々は山に寺社を建立した結果、ますます山に対する畏怖・尊敬の念が強まったとも考えられています。

ちなみに東日本大震災で津波が襲ってきた地域においては、寺社方面に逃げた人の生存率が高いことがわかっています。

地方では寺社=高台の率が高いのでしょう。

こういった寺社の神性や山岳信仰を知っていた人は、緊急時にもそれを思い出して助かったとも聞き及びます。

東京にある日枝神社や神田明神も都区内の割にはちょっとした高台にある。

避難所になりうる施設の名前は重要

一方、被災地の平地(岩手県釜石市)では「防災センター」という名称の施設に多くの人が避難しましたが、そこは実際には公的機関指定の避難施設ではなく津波の避難所としては不適当だったために、多くの人が亡くなったという痛ましい事案も発生しました。

一般に防災センターは防災情報や災害対策を集約するための施設であって避難施設とはちょっと違うのです。

この紛らわしい名前と、そこでは避難訓練も行われていた習慣から防災センターを津波の指定避難所と勘違いしてしまったらしいのです。

この地区における実際の避難場所はその近くの山間部の寺社でした。しかし、避難「訓練」で高齢者が山に登るのはキツイということで防災センターが「訓練」場所に選ばれたようです。

そう考えると、公共施設の名前は思ったよりも慎重につけるべきことがわかります。

いっそのこと政府は、山岳地帯の寺社に政府公認の避難格を与えるべきなのかもしれません。

山は山で土砂崩れや山火事として人々を脅かす場合もあるからいつも過信はできないけどね。

教会は純度を高めた

一方、キリスト教圏で教会は街のシンボルとして街の中心に位置することがほとんどです。

教会は鐘を鳴らして存在感を示すとともに、裁判や冠婚葬祭を仕切り、さらに演芸や商取引の場としても機能してきました。

しかし、近代で政教分離が進むにつれて教会は礼拝の場としての色彩を強め、裁判や商取引からは隔離されていきました。聖と俗は分けられるべきだという考えは教会にも及んだのです。

また教会や宮殿の近くには大抵、古くから受け継がれている広場があります。広場は観光名所となるだけでなく、都市部におけるイベントスペースとして広く活用されています。

※現代で有名な教会は秩序が維持できていなかったりします。観光客が教会内部に入るときには服装にも気をつかうべきですし、教会内部の撮影は許可がない限りすべきではないでしょう。キリスト教徒ではない観光客も、教会へ入るときくらいはキリスト教の厳かさを感じるべきではないでしょうか。
タイトルとURLをコピーしました