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ポエムとは何なのか、ネット上や政治社会での意味を探ってみる

詩集を読む人 社会
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ポエムの隠れた意味

ポエム(poem)とは、詩を意味する英単語です。

詩とは、言葉の響きや並びについて美しさを重視しながら表す文章のこと。やや短めの文章量で感情的な表現が多いです。

ポエムの語源はギリシャ語のポイエーシスで、創作を意味します。ギリシャ語や英語の原義からいうと、もともとのポエムに悪い意味はありません。

しかしながら、昨今の日本のネット社会で政治経済に関して「ポエム」という言葉が使われたとき、そこには対象への侮蔑的な意味合いが含まれがちです。

今回はこちらについて簡単に探っていきます。

ポエムという言葉の使われ方の典型的なパターンは次のとおり。

政治家A:「私が主張する環境政策はロマンティックだ。」

有権者B:「そんなのはポエムだ(=妄言、自己陶酔)。ふざけるな。」

昨今だと小泉進次郎大臣の発言が気になるね。
ちなみに小泉進次郎さんタイプの人は、たとえ小泉元首相の息子という血筋がなかったとしても日本企業の面接には強い。それは総合職の性質と合っているから。詳しくは下の記事を参考に。

ミスチルの名曲

さて、ポエムに関して探るうえでまず知るべきはポエムっぽい言葉を使っても違和感のない業界の存在です。その典型が音楽業界です。

たとえば、あなたはMr.Childrenという音楽バンドの『名もなき詩』という曲を知っていますか(その読みは『なもなきうた』)。

『名もなき詩』は結構な売上枚数を誇るミスチルの名曲。

歌詞を書くと権利的にまずいので書けませんが、歌詞というのは基本的にフィクション(=つくり話や現実にはありえない理想)です。

そのため、歌謡曲の歌詞には日本人の日常会話やノンフィクションの文では見られない言い回しが多く見られます。

それはたとえば「wow」とか「ダーリン」といった類。

ミスチルの歌詞はまだ大衆的ですが、アンダーグラウンド系バンドによる歌詞のなかにはここでは書けないとんでもないものもあります。

歌・詩はよくも悪くも自由な世界だといえます。

歌・詩やマンガで描いた社会の状態がとんでもなく悪いありさまだとしてもフィクションだから、現実には被害は発生しない。だから自由度が高いんだけど、気分を害される人はいるだろうね。
ミュージシャンや漫画家などフィクションを生業とする人を、感想としてポエマーと呼んでも悪口には聞こえにくいかも。でも、フィクション系の作品のなかには現実社会の風刺をにおわすなどノンフィクション的な部分もかなりあるんだよな。
そのとおりだね。ちなみにポエマーは和製英語。

政治経済はノンフィクションの世界

このように歌・詩はフィクションである一方で、政治経済はノンフィクションの世界です。

私は政治経済の本を商業出版した経験があるためよくわかるのですが、まともな政治経済本の執筆はエビデンスに縛られます。

エビデンスとは、証拠・証言、実際の史実、科学的根拠といったこと。

身近なところでいうと小中学校の社会科はエビデンスにもとづいたところを扱うのが基本であって、神話は扱いません。

政治家のポエムは素の発言か

で、政治家は政治経済法律を扱いますから、当然、政治家が話す言葉や提唱する政策はノンフィクション系でなければなりません。

政治家は法律や政策を決める公的な存在であり、それは実際に多くの人に影響をおよぼす。だから、公の場ではおふざけは基本的に許されない。

ビジネスマンとて勤務先の私企業でポエムっぽい報告書や企画書を提出したら叱られるだろうね。まあ娯楽系の企画なんかは多少のポエム感も必要だけど。

しかし、政治家は演説によってマスコミから取り上げられて知名度を上げたり有権者から人気を獲得しなければ議員の座を失ってしまいます。

さらに、一部の有権者は小難しい政治経済の話がわからなかったりします。

そのため、政治家は大衆にとってわかりやすくマスコミからも取り上げられそうなフィクションっぽい言葉も口にして有権者を引きつけようとするのです。

政治家は大衆やメディアの心を動かすことが重要。

このときの発言が軽薄だったり現実離れしていると「そんなのはポエムだ。茶化すんじゃない!」と批判されるわけです。

この場合のポエムは「妄言」「自己陶酔」という意味で使われている。
政治経済法律のポエムは批判されやすいけど、そういうフィクション的なフレーズが好きな人も確実にいるんだよな。
自民党の今井絵理子議員は元歌手だから、そのうち派手なポエムが見られるかも。その片鱗は選挙ポスターに表れている(「いっしょに」を連呼した画像に注目)▼

ポエムには人間を強く動かす力がある

なお政治経済のお堅い本であってもポエムはあります。その典型はマルクスの著作です。

マルクスというのは世界で初めて資本主義の性質を理屈っぽく説明した人として知られています。それが『資本論』というノンフィクション的な著作です。

資本主義というのは自由競争を基調とする体制です。人間が自由に競争すると大きな格差が生じます。
『資本論』が書かれたのは19世紀だけど、未だに参考になるほど優れた著作。

『資本論』のなかでマルクスは資本主義体制はやがて崩壊し、共産主義に移行すると予期しました。

そんなマルクスの予言は多くの人間(とくにインテリや貧困層)を魅了しました。資本主義は格差に満ちていますが、共産主義ではみんなが平等かつ幸せになると思われたからです。

彼らはマルクスの予言に触発されて『資本主義の打倒と共産主義の確立」をもとめて行動しました。

そして世界中には共産国がいくつもできたのですが、そこの政府は横暴の限りを尽くしました。共産国の政府は「共産主義こそ絶対的に正しいのだから、我々に反抗する奴は悪」というロジックを使いながら悪行におよんだのです。

そんな共産主義体制のもとで殺された人の数はなんと1億人ともいわれています。

マルクスという一人の男の予言が共産国を乱立させ、そこの政府に国民を1億人以上も殺させたと考えると、ポエムはときにとんでもない力を発揮するといえます。マルクスの予言がなかったらこれだけの被害者数は出なかったでしょう。

その後、共産国は相次いで崩壊し残っているのは資本主義国ばかりです。

マルクスの予言はこのままポエムに終わるのか、それともいずれ当たるのか何とも言えませんが、お堅い科学の世界でさえも少しのポエムを含んでいることはよくあるのです。

中世の西欧や日本では宗教をめぐって大きな戦争が起きたし、現代でも中東では宗教をめぐって派手に争っている。これはマルクスの悲劇と似ている。
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