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他人の目を気にする日本人【パターンと原因と改善策】

人間がたくさん 社会
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直接的なパターンと間接的なパターン

日本人の国民性の一つとしてよくいわれるのは「人の目を気にしすぎる」ことです。

たとえば、外出先でみっともない格好をしているのが恥ずかしいというのは、人の目を気にする直接的なパターンです。

外出する女性の化粧率の高さやトイレの音姫機能、そして薄毛対策産業の発達具合なども、人の目を直接的に気にしすぎることの表れだろう。
自分はトイレに関する音よりも選挙カーの爆音の方がよっぽど気になるな。選挙の立候補者って恥ずかしくないのかな。

それらに加えて、通販サイトのレビュー、ヤフコメや5chを通じての世論閲覧など間接的に他人の目を気にするパターンも多くあります。

日本のマスコミについても、たとえば海外で日本人アスリートが活躍していると、マスコミは現地に乗り込んで現地の人にそのアスリートの評判を聞きまわります。

これはネット民が「海外の反応」を気にするようなものでしょう。

以前、アメトーークでは「気にしすぎ芸人」という括りがあった。これはテレビのバラエティー番組だけに芸人たちは強烈な「気にしすぎ」ばかりを話題にしていた。こういう括りのバラエティー番組は他国でも成立するんだろうか。

日本人が気にしすぎる原因

さて、日本人が他人の目を気にする原因は、日本は人種や習慣、好みなどについて多様性が欠けているからでしょう。

それはたとえば、自分と同年代なのに外見や経済力などが自分とかけ離れている他人を見ると嫉妬したり見下したりするということです。

さらに日本は狭いうえに人間関係が濃密なので、日本人は一見の関係であっても他人には気をつかいがちです。

これは職場や学校、そして自宅のご近所において人間の評判が共有されていることによく表れています。

この点、アメリカのような広い国だと、ある州ではすごく評判が悪いとしても別の州に行けば、よほどの大物でない限り自分のことは知らない人だらけなので、とくに気にする必要はなかったりします。

そのため、これを犯罪者が悪用するパターンもよくあります。

以上から国民の性質はその国の地理にも左右されるということがいえます。

恥の文化

かつて、ルース・ベネディクトという有名な学者は「日本は恥の文化」であり、日本人は外聞や世間体を気にしすぎると評して話題になりました。

確かに日本人は他人の目を気にする率が高いでしょう。筆者も気にする方ですが、本名・顔出しで記事を書いている以上、過剰に気にしていない面もあります。

また、他人の目を気にするというのは何かネガティブな感じがしますが、日本人は他人の目を気にするため、日本国は犯罪発生率が低く治安がよいともいえます。

ですから、他人の目を気にするというのはかならずしも悪くはないのですが、グローバルな環境でビジネスやスポーツに取り組む人などは外国人に強く主張すべきときもあります。

日本国内レベルでも、他人の目を気にしすぎているとチャレンジをあきらめてしまう場合があります。こういうのは一個人としての損失にとどまらず広く社会的な損失にもなります。

そこで次項からは、他人の目を気にしすぎることのマイナス面と改善策を記してまいります。

ポジティブなのかネガティブなのか

まず日本人に限らず普遍的な理由として人の目を気にすることの最大の原因は、他人に嫌われたくないという思いからきています。

しかし、人の目を気にしても気にしなくても、どんな人間もすべての人から好かれることは不可能です。

大体、有名な芸能人やアスリートならともかく一般人レベルなら、他人はあなたが思うほどあなたを気にしていません。

ですから、人の目を過剰に気にする必要はありません。

確かに八方美人だった人が「自分らしさ」を出すと反発する人も出てくるでしょうが、その分、好んで集まってくる人も出てきます。

たとえば、あなたは自分らしさを出すためアイドルグループに入ったとします。

そこではあなたはファンというプラス要素と、アンチというマイナス要素を抱えるでしょう。

つまり、自分らしさを出す前の状態ではプラス要素もマイナス要素もゼロでしたが、自分らしさを出すとプラス要素とマイナス要素の両方が大きくなります。

このとき、なるべくプラス要素にばかり注目すればいいのです。

これはアイドルに限らず、他の行動にも広く応用できます。

そう考えると少しは気分が楽になりませんか。

人間の行動はプラス要素もマイナス要素も抱える場合が多い。アイドルになるなんてのはその典型。でも、中にはマイナス要素しかない行動もある。それは重大なウソや犯罪級の行動だ。もしアイドルがマイナス要素しかない行動をとると、ファンが大幅に減ってアンチは大幅に増える。こういうマイナスまみれの行動はとらない方がいい。

人の目を気にすることのデメリット

人の目を気にすることの最大のデメリットは、本来の自分の人格と可能性を押し殺してしまうことになります。

たとえば、会社や学校の中で必要以上にいい人を演じようとすると、自分の個性を発揮できません。これはストレスにもなるでしょう。

もちろん法規や、会社・学校の中での私的な規則などは守らなくてはならないのですが、それらを守りつつも個性を発揮できる場面はあるはずです。

人の目を気にしすぎると、他人・社会の多数がつくったイメージの中で生かされる形になります。それは自分から能動的に生きた状態ではなく、受動的に生かされた状態です。

受動的に生かされるだけでも満足というならそれでも構いません。

しかし、自分が本当にやりたいことと向き合えば大きな成果を生み出せるのだとしたら、それをあきらめるのは実にもったいないことです。

よく人生はあなたが思ったとおりにはならないといわれます。

確かに思いだけではどうにもならないことは多いです。しかし、思いを生かしてあなたが本当にやりたいことを行えば、それなりに思いどおりになることもあります。

このとき、あなたに対して外野が余計なこともいってくるでしょうが、そんなのはあまり気にせず自分のペースを保ちましょう。

本気で自分のペースに入って動いていると意外と気になりません。

それでも気になるというのであれば環境を変えましょう。

人の目を気にしない人が多いコミュニティに入れば、人の目を気にしなくなるものです。

学生時代の戦略と社会人の戦略

学生の場合、とくに中高はホームルームのメンバーの密度が強いため、普段目立たない人物が自分らしさを出すと叩かれる場合があるかと思います。

しかし、ちょっと解決策にはなっていないかもしれませんが、大学では当たり障りのない人よりも個性が強い人の方が高い確率で活躍できます。

そこで中高は我慢の期間ととらえて大学や社会人で活躍することをめざしてみてはいかがでしょうか。

大学で活躍すればいい就職もできますから、中高のときのメンバーを見返すことができます。

なお社会人の段階ではサラリーマンは人の目を気にしやすいですが、フリーランスはあまり気にしない傾向があります。

サラリーマンは組織に所属し組織のために働かなければなりませんから、サラリーマンの方が人の目を気にするのは当たり前でしょう。

とくに社会人の中でも、銀行や役所といったお堅い業界は個性を出すことに否定的です。

そのため、自分らしさをもって働きたい方はお堅い業種・会社を避けたり、フリーランスとして働くべきです。

このようなキャリア戦略は高校や大学に在学している時点から勝負は始まっているようなものなので、早くから取り組むとよいでしょう。

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