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将棋の魅力を余すところなく伝えてみせよう

将棋の対局 生活
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将棋の魅力

私は将棋の腕前がアマチュア初段です。

正確にいうと免状を申請すればアマ初段の免状がもらえるというだけで、免状は手元にありません。

そんな弱小プレイヤーではございますが、将棋はかなり好きですので運動経験者(テニスやサッカー)と社会科学風の視点も込めつつ将棋の魅力を語ります。

将棋以外の専門用語も少し使いますが、なるべくわかりやすく解説いたします。

老若男女問わず楽しめる

昔、私が高校の体育の授業でサッカーをやっていたところ、体育の教師は「サッカーは男女混合で真剣勝負するのは危ない」といっていました。

サッカーは相手と体がぶつかるうえに、ボールを蹴ったり(不意に相手の足を蹴飛ばしてしまう場合もある)足元へのスライディングがありますから、相手と大きな実力差・体格差がある場合、本気の勝負は無理があるのです。

この点、将棋は年代や性別を問わず真剣勝負として2人から楽しむことができます。

もし将棋でプロ棋士にボコボコされたとしてもとくに体に害はないように、将棋は大きな実力差があっても問題ないのです。

社会人になると球技の団体人数をそろえるのは面倒だけど、2人からできるならお手軽。
達人になれば将棋盤は必要なく脳内ですすめることもできる。

そのうえ将棋盤と駒は一度買えばその後はずっと無料ですから、子どもとて金銭を気にせず遊び続けられます。

それはコミュニケーション力や集中力・思考力を身につける場としても機能するでしょう。

アマチュアのトップはプロの主戦場である竜王戦や棋王戦などに参加できるよね。
サッカーのプロアマトーナメントはプロが手を抜いている感じがするけど、将棋ではプロとアマが平手で真剣勝負する。で、竜王戦の6組(竜王戦のなかで一番下のクラス)ではアマも少し勝てたりする。竜王戦は勝ち抜いたときの賞金・対局料が大きいし、もし大活躍すればプロ編入の道も開ける。
アマとプロといえば、小学生のころの渡辺明永世竜王は羽生永世七冠と対局しており、その10数年後に両者は竜王戦で激闘を繰り広げた。スポーツでそれくらい年齢が離れていると子どもがプロになったころには相手は引退するくらいの年齢になるけど、将棋では同レベルの対局が可能なのが面白い。

役割の異なる駒と捕虜を使って相手を追い詰める

将棋は、王将(玉将)、金将、銀将、桂馬、香車、飛車、角行、歩兵というそれぞれ役割の異なる駒があります。

それらは王将と金将以外、敵陣に入ると成ることができます。成るとは駒の昇進(プロモーション)であり、基本的には強さが上がります。

銀、香、桂馬はわざと成らずを選んだ方がいい場合もあります。

また将棋は相手の駒をとったら、自分の駒として使うことができます。これはチェスとは対照的な違いです。

GHQが日本を統治していた時代、故・升田幸三実力制第四代名人は、GHQから「将棋は敵を捕虜として虐待する残虐なゲームだ」といわれた。しかし、舛田氏は「将棋の捕虜は敵を捕まえても殺さずに味方として役立たせる人道的な思想だ」と反論したらしい。

そういうウンチクも面白い。

以上のような成り駒と持ち駒も使って、相手の動きを予想し、自分の王将を守りつつ、先に相手の王将を詰ませる(追い詰める)ことが最終目標です。

自軍の駒について王(玉)以外の駒がほとんどとられたとしても、こちらが先に相手の王将を追い詰めることができたら勝ちなのです。

そのため、普段は弱い駒が大活躍したり、敗勢に見えた側が相手のミスで大逆転なんてこともありえます。

そこでは先人が知恵をもって考え抜いた戦法と定跡を使うことが基本であり、日本の歴史の重みも感じるところです。

アマチュアでもプロでも好きな駒は人によって異なるし、攻め好きもいれば、受け将棋の人もいる。だから、盤上では性格の違いも表れて面白い。
成り駒も含めると駒の役割が多様なだけに戦略の選択が面白い。
ビジネスマンのなかにも将棋の戦略思考は実際のビジネスにも役立つと考える人がかなりいる。

日本の伝統文化にしては競争的

さて、将棋と同じ日本の伝統文化である羽根つきや蹴鞠は非競争的として知られています。

羽根つきはテニスみたいなラリー競技ではなく、相手と協調しながら羽根を打ち合うという単なる協調ゲームだからです。

蹴鞠にしても集団で鞠を蹴り続けた方が勝ちというルールです。

つまり、羽根つきや蹴鞠はスポーツのように相手の弱点を狙って蹴落とすという行為がないのです。

この点、将棋は相手の王を先に追い詰め方が勝ちですから、プロでもアマでも対局中は相手の急所(弱点)ばかりを狙うことが普通です。

また勝敗も曖昧な採点ではなく、降参するか王を詰ませるかで決まるなどかなりはっきりしています。

将棋の源流はインドのボードゲームであるチャトランガといわれる。源流が外国であるため競争的なルールになったのだろう。日本では王(天皇)は象徴として君臨してきたから、王を討ち取るという発想に欠ける。
日本の美術展覧会である日展と二科展と院展はコネのうわさが絶えないよね。あんなのコネにまみれた出来レースだって。でも、将棋の勝敗は実力主義でスッキリしていていいな。
相手の弱点を突くことは意地悪だとかいう指摘もある。でも、それは自分の弱点を的確に見極めて突いてくるほど相手が有能ともいえる。そういう人は尊敬に値すると考えるべきかも。
羽生永世七冠や藤井七段に平手でボコボコに負かされてみたいって思うアマチュアは多いだろうね。

81マスの盤上から広がる無限の変化

将棋はプロもアマも最初は同じ陣型から始まりますが、そこから数十手もすすむと違う局面になるのが普通です。

定跡といって特定の型に沿った指し方もあるのですが、それは序盤が中心です。

中盤からは、ある局面では実質的には4択、次の局面では5択が迫られるなど枝分かれの選択肢を積み重ねていくと各自が違う局面に至るのです。

そこでは未だに必勝法が解明されていませんし、今後も必勝法は解明できないといわれています。

将棋は、将棋盤の9マス×9マス=81マスからの無限の変化が大きな魅力となっているのです。

頼れるのは自分だけ:非裁量的なルール適用

さて、このページをご覧になっているあなたは野球のルールをご存知でしょうか。

野球というのは各ベースに審判がいて、その人が中心となってアウトかセーフを判定することになっています。

で、スロー再生のビデオ判定ならほぼ正確でしょうが、アマチュアレベルのジャッジだと首を傾げたくなるものもかなりあります。

さらにプロレベルでも、野球に限らず審判を買収して無理やり勝敗を動かしたなんていう出来事もあります。

また、スポーツではそれなりの道具をそろえないと戦う前から相手に負けているようなものですし、試合の最中は監督からのアドバイスをもとめます。

選手起用とて選手本人が決めるのではなく他人である監督やコーチの専権事項です。

この点、将棋の対局中は第三者がジャッジをするということがほとんどありません。

例外的に第三者がジャッジをすることがあるとすれば、不正行為を疑われた人がいて、その人が本当に不正行為をしたのか検討するときなど、かなり場面は限られています。

もちろん、真剣勝負としての対局中は助言の類やソフトの使用が厳禁ですから、頼れるのは己の力のみです。

また、対局や練習に使う駒と盤は高級品でも安物でも棋力には直接の関係はありません。

つまり、スポーツの試合だと審判(第三者)や監督、そして道具が勝敗を左右する部分もあるのですが、将棋の対局中で頼れるのは己だけであり、勝敗は目の前の現実をそのまま受け入れるしかないのです。

このように人間の判断において主観や裁量が絡まないことを社会科学的には「非裁量的」といいます。

将棋は対局している2人が盤面を見つめていて、それがたがいに不正防止として機能している。不正のうち発見しにくいとすれば、トイレなどを利用してのソフト指しくらいか。
最近では強くなるための練習中は将棋ソフトが必須という声が多い模様。もちろん、対局中は使用禁止だけど。
ちょっと怪しいのは将棋の2日制のタイトル戦の1日目が終わった後。このときだけは不正をできなくもない。だから、2日制のタイトル戦は1日制に変わることもありうる。

運はほとんど関係ない

「非裁量的」と同じ発想で、将棋の勝敗に運はほとんど関係ありません。

運が絡むとしたら、先手・後手を決める際の振り駒くらいのものです。

将棋はわずかに先手が有利。

球技のアウトインは自然現象に左右される面もありますが、将棋の勝敗に運はほとんど関係ありません。

将棋は実力主義の世界なのが魅力的なのです。

日本将棋連盟の歴代会長は大棋士が成熟してから就任するというパターンが多い。将棋界は幹部人事にも実力主義が浸透しているといえる。ただし、将棋での実力と会長職としての実力は評価軸が違う。おそらく、将棋連盟の会長職は将棋が名人級に強かった棋士が務めないと求心力に欠けるから、大棋士をトップに据えるのだろう。

就活の履歴書に書きやすい趣味

それから、将棋という趣味は就活の履歴書に書きやすい趣味としても魅力があります。

将棋は戦略や大局観を考える知的ゲームというイメージが強いため、よい印象を受ける面接官は多いはずです。

強い人なら入社後も接待将棋を頼まれるかもしれません。

将棋は他人とかかわるうえでも役立つゲームなのです。

見てるだけでも面白い

ここまでは自分がプレイヤーとなって実際に将棋の対局をすることについて述べてきました。

しかし、将棋は他人(とくにうまい人)が対局しているのを見るのも魅力的です。

幸いにも日本のプロ棋士は個性が豊かであり、テレビやネットでの中継では解説や小話を展開してくれますから楽しいです。

ホテルや高級レストランが提供する食事やおやつにも注目。
大手コンビニがスイーツや飲み物を提供していた棋戦もあったね。

また、対局の最終盤で負けを覚悟した棋士が悔しさを噛み殺しながら「負けました」と宣言するシーンでさえも注目に値します。

将棋は相手に大差の形勢を築いていたとしても、下手な手を一つでも指すと頓死(急死・即詰み)してしまう場合がある。こういう大逆転現象は球技にはなく、格闘技のノックアウトや武道の一本負けに近いものがある。また、将棋で反則をやらかすと基本的には一発アウトになる。だから将棋の中盤から終盤の一手一手には緊張感がある。

「負けました」とか「まいりました」とか「(指し手が)ありません」という形で自分の負けを宣言する対戦モノって将棋や囲碁みたいなボードゲームに特有で面白い。スポーツだとまず見ない光景。
だから、子どもは負けたときに泣いてしまうことも多い。こういう悔しさは成長にとって悪くないはず。
まとめ

以上がアマ初段程度の私が思う将棋の魅力でした。

このページをご覧いただきました将棋関係者の方(棋士、奨励会、道場など)が何か感想をもちましたらご連絡ください。

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