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近代の東京を発展させた皇居と廃藩置県

桜田門 旅行・地理

近代日本の地理事情

この記事では明治時代の地理事情の中でも気になる皇居中心の発展と廃藩置県について述べます。

皇居からの発展

皇室制度に反対する根拠の中には、天皇陛下が都心の超一等地に住んでいることを批判するものがありますが、これは因果関係を取り違えています。

実際のところは、明治元年に江戸城跡に皇居ができたからこそ、当時の中央集権の流れとともに皇居周辺への官庁集中計画が持ち上がり、後に中央停車場(東京駅)が皇居や官庁の立地に合わせて開業したのです。

さらに皇居と東京駅があったからこそ、一流企業が大手町付近に本社を次々と構えるようになりました。その地域の繁栄なくして銀座の繁栄もありえなかったでしょう。

つまり、皇居が周辺の地価を連鎖的に上昇させたわけです。

江戸城のままでは、ここまでの連鎖的なステータス上昇はありえなかったように思います。

大手町・丸の内に本社を構える企業の中には一応の本社機能が小規模にあるだけで、実際の生産拠点は地方都市という企業も多い。
本社・本店の登記はブランド力がある地域に置きたいのかな。

廃藩置県

さて、明治時代の廃藩置県では様々な府県が設置されました。

注目すべきは、その府県名には歴史的な差別を引き起こさないように自然地理が由来とされる漢字が用いられたことです。

例えば静岡県の由来は賤機山(しずはたやま)にあるといわれますが、その「賤」は「賤しい」を想起されることもあるため、「静」と表現が和らげられたといわれています。

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