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大長編・映画ドラえもんのおすすめベスト5はこれだ【物書きが選定】

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ドラ映画をあらためて考察・評価してみた

私は大長編のドラえもんが大好きで、藤子・F・不二雄先生時代の作品はすべて見ました。

大長編とは普段よりも長めに描かれた原稿で、なおかつアニメ映画化される作品のこと。

映画版は毎度のび太による「ドラえもーん」の声と『ドラえもんのうた』で始まる定番パターンが気に入っています。

以下のランキングは、

  • 総合的な満足度
  • ゲストキャラの魅力
  • ボスの大物感
  • 大人でも楽しめる要素があるか
  • 考察するだけの深さがあるか
  • ドラえもんの道具やのび太たちはうまいこと活躍しているか
  • その他の引き立て要素の充実度(音楽、ギャグ、出木杉)

をもとにしてつくりました。

怖さの根源はメルヘンかニムゲか

まず第5位はアニマル惑星です。惑星と書いて「プラネット」と読ませる映画です。

このような読ませ方は宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)やブリキの迷宮(ラビリンス)、名探偵コナンの映画と同じですね。

「騎士」と書いて「ナイト」と読ませる類の名前が日本人に増えてきているのは、それらと関連があるようにも感じられます。

それは置いといて、本作はドラえもん映画にしては神秘的というか怖い雰囲気が随所に漂っています。音楽やデカい月も怖さを引き立てています。

チッポの明るさやゴリ郎パパの愉快さは、その怖さを完全に打ち消すにはいたっていません。

動物型人間だらけの世界はメルヘンなように見えて実は怖いのでしょうか。それとも真に怖いのはニムゲ(人間)でしょうか。

メルヘンはおとぎ話や童話を意味する。でも、おとぎ話や童話はゆるい世界に見えて実はかなり怖いというパターンが多い。
本当のおとぎ話や童話は残酷すぎるから、子どもに見せるメディアでは穏やかに改変しているみたいだね。

さて、この作品で私が好きなのは「光の階段」です。

人間に迫害されていた動物たちが神様に導かれて別の惑星に移動させられて助かるという話は空想として魅力的だからです。

しかも、それはしずかによって科学者による人工的な移動装置の仕業だと推理され、偶然にも地球と結びついたという指摘には感動しました。

それから嫌でも目につくのがニムゲの存在です。コックローチ団というネーミングや組織の体質は小物っぽいものでしたが、インパクトは強いものでした。

とくにジャイアンは実際に迫害されたわけでもないのに影や気配を見ただけでひどく怖がっていました。

ニムゲは全身が防護服に覆われながらも目の付近はサングラスみたいになっている点、あと光の階段があった森林の雰囲気が怖さを増幅させているのでしょう。

もし、のび太ではなく怖がりのジャイアンが赤い星に乗り込んでいたら果たしてロミちゃんを取り戻せたでしょうか。

ジャイアンは勇ましいように見えて、宇宙開拓史や大魔境では意外と臆病な面も見せていますから難しいようにも思います。

最後はタイムパトロールが解決するという形がちょっと物足りなかったですが、概ねよい感じにまとまっている作品でした。

細かいところだがドラえもん映画のワープシーンはなかなか魅力的。本作でいうと宇宙救命ボートを使ってアニマル惑星に行く途中で一粒一粒の恒星が線状になったところ。同じようなシーンは銀河超特急やブリキの迷宮などでも見られる。
この映画で気になったワードはツキの月の原料であるゴツゴーシュンギクです。私が子どものころは何のこっちゃと思っていましたが、成長して謎が解けました。あれはF先生がドラえもんのご都合主義を自虐風に表現したものだと。

雲の上にいる天上人は横暴

雲の上

第4位は雲の王国です。株式王国建設とドラえもん故障とノア計画で有名な映画です。

雲の王国はフィクションとはいえ大震災を強く想起させる描写があるため、見る場合は覚悟した方がいいです。ドラえもん映画にしては衝撃的なため、おそらく地上波ではもうお目にかかれないでしょう。

『雲の王国』のオープニングではドラえもん一味は登場せず、謎の親子が洪水に遭うという珍しい展開で始まります。

そこに「ドラえもーん」の声は登場するのに、のび太は登場しないのです。お子様はこのあたりを理解できるでしょうか。

ところかわって日本では、のび太は雲の上につくられた国の存在を主張しますが、みんなにバカにされます。

ドラえもんはそれを裏付けるかのごとく気象予報図と人工衛星を使って説得します。

そこでのび太は、雲の上に国が存在しないとすれば人工的につくってしまおうと考えたわけです。

夢にあふれた雲の王国がかわいい雲ロボットとともに急速につくりあげられていく様子はとてもワクワクします。

ソーラーカーの躍動感と武田鉄矢氏の歌もとてもいい感じです。この歌は宇宙小戦争の『少年期』に次ぐレベルの出来だと思います。

しかし、人工衛星の件で雲の上に王国がないことは証明されたのに、他にも多くの天上王国が存在するというのは矛盾しています。

ドラえもんのマジックドームみたいな道具を使って外側をカムフラージュしたとしても、飛行機は雲の中も航行しますから天上王国があったらすぐにバレているはずです。

大体、天上王国と植物星の科学力は地上世界よりもかなり進んでいるようです。

天上王国は少なくとも他の天体に移住できるレベルの科学力はもっていますし、他の天体との交流も盛んです。

それなら自分たちの技術を地上に教えれば環境負荷が軽くなるというのに、それをせず、いきなり大洪水で洗い流すというのはかなり無茶な話です(南の島で実験は行いました)。

それにノア計画を実施したところで地上ではガレキが無駄に増えるだけです。そのガレキを燃やされると大気汚染が悪化します。

また「やられたらやり返す」の精神で地上人は協同で報復攻撃を天上世界に仕掛けるでしょう。

洗い流されことによってすぐに攻撃を仕掛けられないとしても、地上世界はいつかは報復に乗り出すに決まっています。

キー坊は天上人移住の受け入れだけでなくそのあたりもアドバイスすべきでした。

もしかしたら、この映画は環境問題への再考を促しているように見えて実は過激な環境保護を批判しているのかもしれません。

このあたりの設定の甘さはゴツゴーシュンギク(ご都合主義)だとしても、天上人の横暴ぶりと悪役(サバンナの密猟者)の小物ぶりがこの作品の残念なところです。

ただ、それでも4位にランクインさせたのは、王国建設の爽快さ、よくも悪くも大きなインパクト、音楽の素晴らしさなどを評価したからです。

雲の王国で印象的なのが劇中劇の「天国の誕生」。現実では最初の人類はアフリカ系であり猿から進化したはずだが、あの世界の最初の人間はどう見ても白人。まるで旧約聖書のような世界だ。「白い王」とかいっているように選民意識がまる出しのうえに宗教くさいけど、BGMとナレーションはカッコイイ。あの軍勢はどうみてもローマ軍とバイキングと古代中国軍にしか見えない。ちなみにナレーターは次元の声で有名な小林清志さん。

ちょっと暗いけど大人でも楽しめる海底鬼岩城

海の中

さて、第3位は海底鬼岩城です。バギーとテキオー灯が活躍する映画として知られています。

原作の初めの方では夏休みのキャンプ地としてのび太としずかが山を、ジャイアンとスネ夫が海を主張していますが、映画版だと逆を主張しています。

おそらく映画版は尺やストーリーからいってジャイアンとスネ夫が寝返る展開の方がやりやすかったのでしょう。

気になったのが海底鬼岩城は宇宙小戦争と並んで冷戦の影響が感じられることです。

それは、作中の古代でアトランティス(大西洋の連邦)とムー(太平洋の連邦)が激しく争っていたことによく表れています。

やがてアトランティスは核実験の失敗によって滅びたものの自動報復コンピュータによる鬼核弾(核兵器)が残ったとされます。

これはドラえもんとは思えないほどリアリティがあります。ムーの法廷で出てきた侮辱罪や国境破りの罪なども非常に現実的です。

ただ、リアリティがあるということは雰囲気が暗いともいえます。これはドラえもんのリメイク版映画が基本的に明るいこととは対照的です。

海底鬼岩城と宇宙小戦争がリメイクされないのは冷戦や暗さに原因があるのかも。

しかし、旧ドラ映画は大人も楽しめる要素が入っています。

この作品でいうと、バミューダトライアングル、マリアナ海溝、陸から海に戻った生物、海底文明、自動報復コンピュータといった要素です。

こういう教育的な要素を入れてくる子ども向け映画って貴重な存在だと思います。

ゲストキャラであるエルの活躍はなかなかだった。イケメンで理知的だし、ドラえもんたちに対する態度は公平だった。ついでにバギーは3枚目キャラと思いきや、最期の活躍はイケメンだった。
のび太はもしもボックスを使う前から魔法使いだった?

第2位は魔界大冒険です。

ゲストキャラ美夜子の活躍と、いったんエンディングに移行したと思いきや実は終わっていなかったという展開で印象的な映画です。何気にドラミちゃんは映画初登場です。

物語は、のび太が夢世界で魔法を武器に活躍したところから始まります。

そのときの快感を現実でも実現させたいと考えたのび太くん。いつものようにドラ映画はのび太のわがままから始まります。

のび太は魔法をもとめて行動しているうちに、出木杉くんに意見をもとめます。

出木杉が小学生とは思えない知識と構成力で魔法と科学について解説しているところは印象的です。のび太に的確な質問を返させるとともに理解させているわけですから出木杉の将来には期待できますね。

ワシが「バビロニア」「錬金術」「魔女狩り」という言葉を初めて知ったのもこのとき。

そして、もしもボックスで魔法世界を実現させるわけですが、魔法世界で魔法を使うには高度なスキルや道具を必要とするので、のび太はあてが外れた模様。

のび太はドラえもんの道具を使うかのごとく楽に魔法が使える世界を実現したかったわけですから失望するのは当然といえば当然ですね。

魔法は非現実的だけど、高度な魔法を使うことにスキルや道具を要するのは現実的だね。のび太は魔法が下手だとすると、知力、体力、精神力といったのび太に欠けている能力値が魔法力の強弱を決めるのかも。
気になるのは、だれがもしもボックスを使っても、あの悪魔世界になってしまうのかということ。つまり、のび太の能力値でもしもボックスを使ったからこそ、あんな世界になったのではないかということ。スモールライトの効力のようにいつものドラえもんの道具なら使い手の能力に関係なく画一的に効果が表れるはずだけど、メジューサの魔法力が、もしもボックスを使う前ののび太に及んでいたとしたら、のび太はもしもボックスを使う前から魔法使いだった。
もしもボックス作動前の時点でのび太は石像に触れていたから、そのときに魔法がかかったのかな?石像の呪いというのはフィクションとしてありそうなパターンではあるね。あるいはドラえもんが自分の石像に触れた際に魔法がかかって道具全体にまで魔法が及んだか。
ドラミちゃんが助けにきたシーンでは、ドラえもんが「のび太くんがもしもボックスを使ったら悪魔まで出てきた」と話している。ということは、もしもボックスは使う人の能力が反映される仕組みなのかもしれない(本作限定の設定?)。
タイムマシンを使えば、もしもボックスを使う前の世界に行けるのがおかしい。それは時間軸としては前だとしても、通常の世界ともしもボックスがつくった世界はパラレルワールド(別次元)のはず。まさかタイムマシンにも魔法がかかっていたのかな。
ドラえもんとのび太がもしもボックスの作動前にタイムスリップしたときに、のび太はホーキングが使えた。つまり、通常世界なのにタイムスリップしたのび太は魔法が使えたのだ。ということは…

それはさておき、魔法世界のオリジナルキャラとして出会ったのが美夜子さん。年齢は中学生くらいでしょうか。のび太は一瞬で惚れたようですが、同時にしずかちゃんは嫉妬していたのも印象的。

満月博士はキャラが濃いように見えましたが、早い段階で連れ去られたために印象が薄かったですね。

美夜子さんに会い、ちょっとした魔法が使えるようになって満足したのび太は元の世界に戻そうとします。

しかし、もしもボックスは壊れたことが判明します。この時点でタイムふろしきを使って元に戻せば一件落着だったわけですが、そういう発想はもちろん出ませんね。出木杉くんなら出せるんでしょうけど。

そして物語後半からは魔界に潜入しますが、大魔王のところにたどり着くまでは内容が薄い感じがします。ここの部分が魔界大冒険の惜しいところです。

しかし、タイムマシンを使って大魔王から逃げる中でみんなのトラウマとして名高いメデューサが襲ってくると、一気に盛り上がります。石像の伏線が回収されるとともにドラミちゃんがやってきて、物語の舞台は宇宙空間に移るからです。

ただ、デモン座のアルファ星とやらが心臓の形そのものなのはいかがなものでしょうか。

もう少し星の形は考えてもらいたかったです。

えーい、チンカラホイ

リルルは鉄人天使

栄えある第1位は最高傑作との呼び声も高い鉄人兵団です。ドラ映画屈指のゲストキャラであるリルルが大活躍する作品です。ドラえもんの鏡面世界も大活躍します。

鉄人兵団たちが地球を狙った動機は90年代の名作アニメである『熱血最強ゴウザウラー』に似ている(本作が先)。

物語は、スネ夫がもっているロボットに対抗してのび太が巨大ロボットを欲しがったところから始まります。毎度おなじみ、のび太のワガママですね。

おそらくザンダクロスやミクロスのデザインは当時人気だったガンダムやマクロスに影響を受けてのことでしょう。

ドラえもんの原作では「Drストップ アバレちゃん」「島山あらら」という言葉が出てくるように、藤子先生はたまにパロディみたいなのを入れてきます。

ちなみにザンダクロスは原作では土木工事用という設定。あのロボットは外観も性能も戦闘用という感じがしますが…。

物語のカギはやはり鏡面世界とリルルでしょう。何気に脇役ミクロスも文句をつけるという形で活躍しています。

ミクロスはお世辞もうまくて面白いです。ミクロスがいてこそ「鉄人兵団」という映画は魅力的に成立するでしょう。

鬼岩城のバギー、ミクロス、タイムマシンなど旧ドラ映画のロボット役は三ツ矢雄二さんが担っています。それからロボットではありませんが宇宙小戦争のロコロコも。あの声とキャラはギャグ風味が出ていていい感じのアクセントになっています。

さて、鏡面世界は実世界とはすべてが反転した形で配置されている無生物の世界です。

それはだれにとっても夢が広がる世界です。

のび太は鏡面世界の買い物で安物ばかりを選んでいたようだが、鏡面世界ならすべてタダなんだからスネ夫のように高い肉・魚を選ぶべきだろう。
小学生の発想ならあんなものであってスネ夫の方が特殊ともいえる。いつものクセが出たっぽい。

しかし、鏡面世界はどんなに非道の限りを尽くしても問題ない世界でもあります。

現実にこんなものが存在したらゴミ問題や資源の枯渇は一気に解決ですね。映画でもその特性が存分に活かされました。

終盤ではいざとなったら鏡面世界で地球破壊爆弾をタイマー式に使うという選択肢もあったが、これだとメカトピア本国のロボットは倒せない。つまり、根本的にすべてを解決するにはミクロスとしずかによるあの方法しかなかったといえる。ドラえもんの頭脳はミクロス未満なのか。

今回の敵はドラ映画にしてはかなり本格的な悪役です。侵略のためにスパイを送り込んだり、僻地に前線基地をつくったり、戦略を練るために宇宙空間から全世界を眺めたりしたからです。

鉄人兵団は鏡面世界に入る前の大気圏で生命反応や乗り物の気配に気づかなかったのだろうか。
人間や人工衛星だってあんな一団が宇宙から飛来したら鏡面世界に入る前に気がつきそうなものだけど。

中盤~終盤で気になったのはメカトピアの歴史です。そもそもメカトピアはアムとイムという男女型ロボットの登場から始まったとされます。

これは聖書のアダムとイブ(エヴァ)の発想ですね。雲の王国といい、創世日記といい、F先生は聖書が好きだったんでしょう。

それはさておき、やがてメカトピアには支配階級ロボットと被支配階級ロボットが現れました。地球でいう奴隷制社会です。

しかし、ロボットの間でも「平等」が重視されやがて革命が実現しました。これは地球の歴史でいうと市民革命があてはまるでしょう。

そこで今度は下級ロボットを奴隷にするのではなく人間を奴隷(労働力)にすることにしたらしいです。

それを聞いたしずかは「まるっきり人間の歴史じゃないの。神様もガッカリなさっているでしょうね」という冷静な言葉を発しました。

しずかは小学生なのに奴隷制と市民革命を知っているのでしょうか。知っているとしたら出木杉並みですね。

アニマル惑星でも神話の神様は科学者だったように、鉄人兵団でも神様=科学者であるところも目を引きました。

そのうち現実世界でも天才科学者が現れてとてつもない人工知能をつくり、それは神のように崇拝されるのかもしれません。そう、手塚治虫先生の『火の鳥未来編』で社会を統治していた人工知能のように。

地球にやってきた鉄人兵団のボスみたいな奴は「神は我々ロボットを宇宙の支配者にした」と誇っていた。神を崇拝し人間を蔑んでいるが、神は人間の科学者だったから矛盾している。もしかして神が人間(科学者)だったことを知らないのか。あるいは神はロボットだったと考えているのか。神がロボットだとしたら、そのロボットはだれがつくったと思っているのか。
あの敵ロボットたちは地球人を生かしたままどうやって持ち帰る気だったんだろう?彼らは宇宙船ではなく集団ワープで飛来したからそのまま持ち運ぶんだろうけど、それは不可能では?

ただ、そもそも論でいうと、神様は人間に絶望したからといって完全なロボット社会(=人間なき社会)をつくることに意味はあったのでしょうか。ロボットと人間をうまく共存させることは考えなかったのでしょうか。

しずかもいうようにロボットは人間が人間のためにつくったものなので、人間もロボットも絶滅するならまだわかりますが、人間すべてが滅びてロボットだけが繁栄する社会をつくるというのはおかしい気がします。

天空の城ラピュタのシータのセリフである「国が滅びたのに王だけ生きてるなんて滑稽だわ」と通じるものがあるね。

まあそれは置いておくとして、最後にリルルとザンダクロスを始めとした鉄人兵団は消え去りました。海底鬼岩城のバギー風にいうとリルルは目からオイルを漏らしたのです。

しかしというか当然というべきか、のび太たちが悲しんだのは人間に近しい存在に見えたリルルがいなくなったことであって、ロボットでしかないザンダクロスの消失はとくに悲しんでいないでしょう。

物語の当初はザンダクロスが中心だったものの、いつのまにか人間のような容姿と心をもったロボットが主役になったわけです。

ただ、鉄人兵団は大人からの評価は高いんでしょうけど、子どもにはちょっと難しいかなとも思います。

実際、私は30代ですが、幼い頃に観たときよりも評価は上がりました。映画は見たときの年齢によって変わるのが面白いところです。

本作のギャグ要素として、ミクロスの行動、南極で迷ったドラえもん、のび太によるなぞなぞ、ドラえもんが英語で鉄人兵団対策を交渉しているシーン、しずかちゃんのラッコ発言などは子どもにも楽しめる要素です。

最も印象に残ったセリフは「ときどき理屈に合わないことをするのが人間なのよ」です。

それはしずかがリルルを直しているときにしずかが発したセリフであり、ドラえもんの性質とも重なる名セリフです。

そもそもドラえもんは人間がつくったロボットである以上は理屈に沿って動くはずですが、人間味が豊かです。

たとえば、ロボットなのにネズミをひどく嫌い、どら焼きを好む姿は人間味があふれているとしかいえません。

ザンダクロスが愛さなれなかった理由はこういう矛盾がなく、コントローラーで操られるか、改造した頭脳で動いているだけだったからでしょう。

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