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教科書に市場原理を

書籍、とくに文系学術書の値段が高いと思ったことがある人は多いでしょう。学生時代の私も、日本人の教授が著した本は厚さや内容の割に高いと思っていました。学費だけでなく教科書の値段も高いアメリカの大学では、教科書代を節約するために学生同士で教本を安く売買する動きが活発です。


文献

アメリカの教科書は優れている


ここで政治学や経済学の教科書について言及すると、アメリカ人が著した教科書は、初学者でもひき込まれやすく完成度の高い著述となっていることが多いように思います。値段が高くても相応のパフォーマンスが期待できるのです。

一説には、アメリカの大学生の学力水準は一部のエリートを除いて低い水準にあるため、初学者でも取っつきやすい教本になっているのだといわれます。

またアメリカ人が著した教科書は、世界中の大学で翻訳・使用されていることも完成度の高さに寄与しているでしょう。つまり、アメリカ人が著した教科書は世界市場で競合にさらされるため、そこで生き残った教科書は必然的に完成度が高いものばかりになるのです。

日本の教科書は水準が低い?


一方、日本人が書いた教科書は、入門用と銘打っていても分かりにくいうえに興味を抱きにくいものが多いように思います。酷いものになると、ある事柄について反対派の立場にまるで配慮されていない教本もありました。

書籍

日本人教授の著は、その教授が担当している授業にしか使用されないこともあり、ときにはその使用が半ば強制されることもあります。そのため、コストパフォーマンスの悪い教科書が淘汰されないのだと思われます。

市場で生き残っている参考書は効果的


このことは高校の教科書にもいえます。高校時代の検定教科書や教科書付属の問題集のほとんどは、私の大学受験では役立ちませんでしたが、開放的な市場で日々、競合にさらされている予備校や通信教育の教科書・問題集は大学受験で大いに役立ちました。

日本の検定教科書制度では、解釈的な記述が許容されにくく、事実に基づく記述のみを検定に通すため、つまらない記述になりやすいのでしょう。パンフレットやテキストなどの副読本についても同様の傾向があります。解釈的な記述を許容しないことは、教育関係者は、青年に教えるからには、ちょっとした解釈のブレや小さなミスをも許したくないということなのでしょう。しかし、事実にのみ基づく記述は調べ物や暗記型の勉強には役立つとしても、退屈すぎて長く読むには値しません。とくに歴史や政経関連の出版物は出来事が淡々と羅列されるばかりで、面白さが今一つ伝わってきません。

日本の子どもたちの学力水準は知識面で高いとされていても、思考面で相対的に低いのは教科書にも問題があるような気がしてならないのです。




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