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競技において「部分」を代表している感覚が良い緊張感をもたらす

緊張感あふれる試合は魅力的


私は、将棋やスポーツの試合(対局)の魅力は、プレイヤーに一定の技量さえあれば、あとは主に緊張感が左右すると思っています。

高校野球は最たるもので、負ければその時点で終わりであり、しかも挑戦機会は高校生のときだけに限られます。それゆえ試合終盤の甲子園球場には緊張感が充満しており、多少の点差がついていても緊張感のもつれ?に起因する逆転劇が度々起きます。

競技場

トーナメント制の方が緊張感は出るが・・・


このようにトーナメント方式の試合と試合数の少なさが魅力をもたらすのだとしたら、試合数の多いリーグ戦は魅力に欠けるともいえます。しかし人気のプロスポーツは、トーナメント制の緊張感よりも興行として収益を得ることを優先して、リーグ戦方式を採用しがちなのは周知のとおりです。

部分を代表している感覚


さて、ここまでは実にありふれた論点ですが、私は緊張感を出す制度的要素として「地域代表」も重要だと考えています。

例えば甲子園の高校球児たちには「自分たちは厳しい都道府県予選を勝ち抜いてきた。だから、敗れたチームや地元の支援者のためにも負けられない」という想いがあるでしょう。これは少なからず会場の緊張感や選手たちの全力疾走につながっていると考えられます。2014年の将棋の電王戦についても、2013年の雪辱を果たすために集ったプロ棋士代表として意地を見せていた分、普段とは異なる緊張感が漂っていました。

サッカーも、かつてのイングランドでは町同士の決戦として人々が球を街中で蹴りあっていたように、現代でも都市対抗色が強いものです。日本のJリーグも、チーム名には企業名を入れず地域色を優先させているように、良い意味で地域間の対決を煽っているところがあります。

収益を得るためにリーグ戦方式を採用することはやむを得ないとしても、それでもプロスポーツの運営機構には緊張感を出すための工夫をして欲しいと思います。




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