社会の杜

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様々な自己責任

任意で導入すべきセキュリティソフト?


例えばAという人物が、自らの所有するパソコンにセキュリティソフトを入れていなかったために数十万円の損害を被ったとします。個人対応のセキュリティソフトの費用は一年間で数千円ですから、このケースでは明らかにセキュリティソフトをインストールしておいた方がよかったということになります。(本体の購入と同時に組み込まれているソフトや無料ソフトもありますが、それだけでは限界があります。)

任意で導入するソフトをインストールしていなかったのですから、Aの行為は基本的に自己責任だと見なされるでしょう。自己責任が問われる事態は主として、当人が分岐点となる行為(=自己の行為が自己に帰結する行為)を自由に選べる状況から発展してきたのです。そう考えると、自由主義的な社会ほど自己責任が問われる機会が必然的に多くなります。

回路

補償には限界がある


ここで、もし政府が今後そのような損害を全面的に補償していくと決定したら、どのような事態に発展するでしょうか。おそらく、既にセキュリティソフトをインストールしている人は今後、セキュリティソフトを購入しなくなるはずです。

さらに、個人が負担を放棄することで政府には重い補償負担がのしかかるでしょう。政府は重い負担を引き受けたために増税するかもしれません。

このように個人の過失的損害が公的な負担に変わるかもしれないので、政府やメディアは「自己責任」を強調するのです。自己責任を強調すれば公的な負担は免れ、個々人の危機感が高まるというわけです。




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