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捕鯨に対する批判と生死の基準

日本人の食文化は一層批判される?


2020年の東京オリンピック開催が決まってから報道されたニュースに、コンビニに置いてある成人誌を大会期間中だけでも規制すべきというものありました。

クジラの尾

2020年には今と出版事情や流通事情が大きく異なっている可能性があるので、この件については何とも言えません。

それよりも日本が批判されそうなことといえば、クジラやイルカを食べる日本人の食生活かもしれません。

以下にクジラとイルカの食用捕獲に対する反対意見と賛成意見をまとめました。

反対意見(クジラとイルカの食用捕獲に反対)


  • クジラやイルカなど知能が高いとされる生物は人間に近いので、人間が積極的に保護すべき。
  • (反対派にとって)クジラやイルカはまずいので、わざわざ獲って食べる必要はない。
  • クジラやイルカの頭数は減っている(実際には減っている種もあれば、増えている種もある)。
  • クジラやイルカは害獣ではなく人間に近しくて知能をもつ動物だから、それを食べることは野蛮だ。
  • クジラは飼えないが牛や鳥は家畜として人工的に殖やせる。
  • 反対運動を展開するとお金が集まるから反対運動を展開しているだけのこと。
  • 日本を叩きたいから、クジラやイルカを利用しているだけのこと。
  • (反対派にとって)陸上の動物よりも海の生物の方が神秘的なので、解明が進むまで保存しておくべき。
  • 西洋人の価値観は普遍的に通用する。

賛成意見(クジラとイルカの食用捕獲に賛成)


  • 肉質ではなく一つの生命体としては、 クジラやイルカは牛やマグロと変わらない。
  • 牛肉や豚肉を無駄に多く消費したうえで肥えている民族は許されるのか。肉の消費総量を見るべき。
  • 希少種のクジラや幼い個体は保護されるべきだとしても、そうではない種については計画的に捕獲し食用にしても構わない。
  • 食文化は各国それぞれ。他国の食文化を不当に批判する方が野蛮。
  • 適度な水準でクジラを捕えないと、小魚が減ってしまう。
  • 知能が高い動物を殺してはいけないというのなら、知能が低い動物を積極的に殺してもよいのか。 ⇒殺人を禁じること (中絶や正当防衛などを除く) は普遍的に通用するとしても、動物の生死について明確なラインを設けることは人間の思い上がりではないのか。そもそも、人間以外の哺乳類・鳥類等の知能水準に関しては争いがある。
  • 捕鯨反対国の中には、かつて捕鯨に積極的だった国もある。 ⇒人間にとって殺す殺さないの基準は地域や時代によって異なる。
  • 人間もクジラもカンガルーも他の何らかの動植物を犠牲にして生きている。 ⇒いかなる生物もその原罪から逃れられない。それならば日本人が食前に「いただきます」と発するように、むしろ様々な肉をしみじみと味わって生物としての原罪を深く認識すべきではないか。

※以前、ニュースで露店のハムスター釣りが非難を浴びていました。しかしながら、金魚すくいはそんなに非難されないでしょう。そう考えると、人間は哺乳類を特別扱いしやすい生き物なのかもしれません。




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